通信011 どぶのような、何かが |

バンダアチェの街中で。家をなくした人たち。異臭が漂っているので皆マスクをしている。
やっと、バンダ・アチェにたどり着いた。とてもきれいな街。でも恐ろしいほどに破壊されている。体を洗うのも、茶色く濁ったままの井戸水。街をなんともいえない異臭が覆っている。どぶのような、何かが腐っているような。
インドネシア赤十字社に話をつけることができた。明日からの遺体収集オペレーションに同行させてもらえる。10日間のオペレーションなので、その間は帰ってこられない。救援に向かう場所は携帯の電波が届かないので、この携帯SMSもその間はできない可能性が高い。イ赤十字社のスタッフはマスクとブーツをくれ、コレラの予防接種を打ってくれた。
(※携帯SMSで英文受信。編集部訳)
text & photos / Kani Sae 09:40
通信012 インドネシアの援助機関もいい仕事を |

スマトラ島の最北端、アチェ州の州都バンダアチェでは、まさにこんな風景が広がっている。

破壊された家々が押し寄せた川岸に自分の家の一部を見つけたのだろうか。せめて使えるものを探している人々がいる。
世界から集まった援助機関が登録をしている国連のオフィスに行ってきた。日本のJICA(独立行政法人 国際協力機構)を探したけれど、ジャカルタの代表の名前があっただけ。国連のスタッフいわく、JICAはお金を提供しているだけだからここには登録していないのだとか。
日本から得ていた情報とは現実はちょっと違っている印象。日本人は金を送ってくるばかりで危険な場所にはすぐに来ず、安全で快適な環境が整うとノコノコやってくる人たちだと思われるのはちょっと悔しい。
バンダアチェで見る限り、世界各国からの援助機関とインドネシアの組織の間にはかなりの溝があるように見える。ある地域は外国人だらけだし、別の地域はローカルしかいない。2つのグループの間には何のコミュニケーションも連携もないようだ。外国のメディアは外国の援助機関がやっていることだけを報道し、ローカルのメディアはローカルの組織がやっていることだけを報道している。
だから、世界の大手メディアがインドネシアの組織がまるで何もしていないように伝えているのはフェアじゃないと思う。私の見る限り、インドネシアの組織もかなりいい動きをしている。しばらくインドネシアの活動にくっついて取材をしてみることにする。とにかく明日からは遺体探しだ。幸運を祈ってて!
(※携帯SMSで英文受信。編集部訳)
text & photos / Kani Sae 20:22
通信013 歩いていると、5mおきくらいに |

崩れた家の下から、大人と子どもの遺体が見つかった。大人の体は子どもをかばうように折り重なっていたという。

トラックで捜索地域に向かう。雨季なのに、今年は雨がほとんど降っていない。空気はからからに乾き、砂埃がもうもうと舞い上がる。

私がテントで寝起きを共にしている、インドネシア赤十字の西ジャワチーム2。インドネシア赤十字は、今インドネシア国軍と並んでアチェで国内の団体としては最大規模で活動を展開している。
今、遺体捜索のオペレーションから戻ってきたところだ。結局、インドネシア赤十字のスタッフが使う予定のヘリが飛ばず、オペレーションはバンダ・アチェ郊外のダラサラム地区で行われた。200人程度ずつのチームに別れ、膝まで水に漬かりながら遺体を捜す。マスクを二重にしているのに、ものすごい異臭が侵入してくる。私が同行したチームは1時間ほどの間に32体を水から引き上げた。
本当にそこらじゅうに遺体がある。歩いていると、5mおきに人らしいものの姿が目に入る。捜索を行った村は浜から少なくとも500mは離れているのに、ほぼ完璧に平らになっている。まだ数千人の遺体があるはずだとか。
バンダ・アチェ(アチェ州の州都)のローカル新聞セラムビによると、この街だけで死亡が確認された人が2万4389人、行方不明がまだ5万4780人いるという。いかに多くの遺体がまだ瓦礫の下に埋もれているかが分かる。
(※携帯SMSで英文受信。編集部訳)
●かにさんによる、このインドネシア赤十字社チームによる遺体捜索のレポートは「日刊ベリタ」でより詳しくご覧になれます(50円の有料コンテンツですが、ぜひご覧ください)。
text & photos / Kani Sae 12:07
通信014 遺体捜索のすぐあとに |

捜索のガイドをつとめるためにやってきた、ここにあった村の住人の子。海水溜りの脇に座ってずっと捜索を見つめていた。彼らは村のほとんどの人を失った。

作業終了後。重い足を引きずって、集合場所まで5kmを歩く。
昨日の遺体捜索は、昼過ぎ1時頃には切り上げざるをえなかった。持ってきた遺体を入れる袋がなくなったからだ。さっそく、遺体を運んでいた手袋をはずし、手で、持ってきたブングス(紙につつんだお弁当)を食べる現地ボランティアを見て「うぁ、さすがタフ……」と思った。遺体の入った袋から10mと離れていなくて、まだ匂いだってする。「食べないと体がもたないよ」といわれ、私も持参した携帯スプーンで吐き気を飲み込みながら食べた。
夜になってその日のことを考えた。思ったほどショックを受けていないらしい。ちょっと前の私ならその場で取り乱していただろう……プロらしくなったものだと自分で変に関心してしまった。
text & photos / Kani Sae 09:15
通信016 みんなも、私も、涙が止まらない |

大勢のムスリムがメッカに巡礼するイドゥル ハッダ ハの日。ここアチェでも朝7時から一斉にお祈りが始まる。人々の頬を涙がつたっている。普段は飄々としているように見える彼らの心の痛みを初めて目の当たりにした。
1月21日は「イドゥル ハッダ ハ」というイスラムのお祭りである。世界中のイスラム教徒がメッカに巡礼に行く日らしい。
バンダ・アチェでも、中央モスクに何千人もが集まった(編集部注:アチェ州はインドネシアの中でもとくに熱心なイスラム教徒が多い)。男の人のみのお祈りの場所に女の子が父親らしき人に連れられている。きっと母親やその他の女性の親戚は亡くなってしまったのだろう。
お祈りが始まるとあちこちで人々が泣き出した。普段は自分たちが生きるので精一杯だからだろうか、決して涙を見せないことに驚いていたが、今この瞬間に亡くした人たちへの思いが吹き出しているのだろう。
カメラのファインダーを見つめながら、私も涙が止まらない。
(※携帯SMSで英文受信。編集部訳)
text & photos / Kani Sae 17:25
通信015 遺体捜索のストレスで下痢に! |
やっぱり、すごい下痢になってしまった。たぶん昨日の遺体捜索のストレスが原因だろう。ラッキーにも日本人の医師に会えたので、点滴を2本分打ってもらった。だいぶ楽になる。明日はイスラム教の大切なお祭りの日。明日までには復活しなくちゃ。
(※携帯SMSで英文受信。編集部訳)
text & photos / Kani Sae 17:25
通信017 贔屓目に見ても貧弱な日本の援助隊。 |
インドネシア人記者や外国人記者の現地語通訳が、少し大袈裟に話をしたりドラマチックな勝手な演出をして話しているのを立て続けに何度か見かけた。特に外国人に対しては同情を買おうと思ってか、その傾向が強い印象。英語もインドネシア語も分かる者として傍で聞いていると怪しい通訳が多い。日本にもいろいろな誤報が伝わっているのではないだろうか?
日本からの援助隊の活躍ぶりを伝えようと思ったのだが、JICA(独立行政法人 国際協力機構)曰く「JICAの過去最大のオペレーション」は、スタッフ12~13人の多くは体調不良とかで、リーダーは点滴しているような状態。昨日自衛隊にクリニックを引き継ぎ、撤退していった。
後日またレポートしますが、同じ政府の援助隊でも、デンマークは20人のチームで140人収容可・開腹手術可な病院の3ヶ月分のコスト(スタッフの給料込み)がわずか約6.5億円とか。日本の145億円(政府のインドネシアのみに対する援助額)は効率よく使われているのかしら。やや心配。
text & photos / Kani Sae 19:51
通信018 40℃近い気温。雨季なのに雨が降らない |
Cafeglobeユーザーの皆さんにたくさんのことをお伝えしたいのは山々なのだけれど、昼間は取材に追われているし、夜は疲労困憊。なんといっても気温が40度近くあるのだ。本当は今は雨季のはず。でも今年は全然雨が降らず、砂埃が舞っている。下痢は止まったけれど、ちょっとした不眠症になっている。まだ遺体捜索のショックが尾を引いているのかも。
たぶん、無意識に感情を押し殺しすぎていたのだろう。そのせいで溜まった感情の制御ができなくなっているのかも。ここにいる人の多くが同じような症状なのだとか。
(※携帯SMSで英文受信。編集部訳)
text & photos / Kani Sae 22:28
通信019 片腕を切断されたおじさんになぐさめられる |
眠れないまま、悶々とする。病院の先生には下痢も不眠もPTSDだと言われた。タフになったと思っていた自分が、実は眠れていなくて、実はそれが遺体捜索のせいだと?? トラウマ? これをトラウマと言ったら、アチェの人たちはどうなのだろう?
自分のもろさに腹が立つ。あの日はあんなに何も感じなかったのに。いったいどこで間違ってこの状態になったのか。へんてこな病名をつけられて、かえって精神的にバランスが崩れたようだ。
明け方3時にベッドから抜け出し、隣の病棟テントを抜けようとすると、津波で怪我をして左腕を肩から切断したおじさんが、ベッドに座ってコーランを唱えていた(コーランは読むというより、歌っているように聞こえる。お経よりもメロディがある)。薄明かりの中、コーランを唱える彼を見て、言葉じゃなく、どかんと彼の切なさが伝わってきた。かわいそうとかじゃなくて、ただ切ない。「眠れないの?」と聞かれ、泣きそうになりながら「うん。でももう寝る」と言って、ベッドに戻る。
彼のただその一言が私の崩れそうになっていた精神のバランスを戻してくれたみたい。あまりにも大きな彼らの悲しみを、切なさをお腹で感じることにで、私の心はあのくだらない病名を吹き飛ばす力を得たようだった。
text & photos / Kani Sae 10:30
通信020 「死体のある場所教えてください」だって! |
今日は気を取り直して、ノンアポで各国軍のヘリポートに行って、フランス軍のパイロットに直接交渉してみたら、一番被害のひどかったチャランという町までヘリでに連れて行ってくれるとOKをもらえた。今日の5時に向かう。1日か2日で帰って来ると思うので(帰りのヘリに乗れないと困るし……)また続報流します。
2日間ヘコたれて具合が悪かったので、日本とデンマークの病院のお世話になっていたのだけれど、デンマークの移動医療施設のすばらしさに大感激! ゴミ処理機やトイレも環境にやさしいタイプだったり。これもまた後日レポートしたい。
しかし、このところ日本のメディアが増えてきていて、私が取材してきた内容をそのままパクろうとする人がいて結構むかつく! 「死体のある場所教えてください」ですって。これは某メディアの支局長。
text & photos / Kani Sae 14:43
通信021 フランス軍ヘリで行って来ます! |

自衛隊ツアーご一行様。ちょっとイジワルかなと思ったので、後姿のショットだけ。
約束どおり、昨日の5時にヘリポートに行ってみたのだけれど、ヘリの姿はなし。自衛隊のヘリが日本人ジャーナリストをたくさん載せて飛び立っていくのが見えた。めいめい大きなスーツケースを引っ張って、海外ツアー団体のような姿が浮いて見える(普通ジャーナリストはこんな災害地にスーツケースなんかでは来ない)。
今朝どうしてチャラン行きのヘリがなかったのか聞いたところ、「あれ、サバン(フランス軍のベースがある町)に行きたいんじゃなかったっけ?」。変なの。フランス人の耳にはチャランもサバンも同じに聞こえるんだろうか。
昨日引き受けてくれたパイロットは勘違いを謝ってくれて、なんとか今日のチャラン行きのヘリに乗れるよう努力してくれると言っていた。でも、「軍のヘリはジャーナリストのタクシーじゃないから、フランスが主役の記事を書いてね」ですって。特別良く書くようなことはできないけど、どんな具合なのかはとくと取材させていただきましょう。
昨日は睡眠薬を飲んで9時間ぐっすりでした。そしてちょっと寝過ごしてしまった! では、急いで行って来ます! 数日戻らないかもしれません。チャランは携帯の電波が届かないので、次のレポートは数日後になります。
(※携帯SMSで英文受信。編集部訳)
text & photos / Kani Sae 07:30
通信022 いよいよヘリコプターに乗る |
まだ1日に1~2回は余震がある。地元の人たちはこれはアッラーの怒りだと言う。インドネシア国軍がお酒や売春などアチェにはなかったものを持ち込んで、風紀が乱れてきていたからだ、と。
ヘリポートでは、フランス軍のヘリとパイロットが私を待っていてくれた。なんと、お客(?)は私だけらしい。ラッキー!
(※携帯SMSで英文受信。編集部訳)
text & photos / Kani Sae 17:24
通信023 だから日本のニュースは |
フランス軍のヘリでチャランに行って1泊し、今日の午後アメリカ軍ヘリで帰ってきました。アメリカ軍、おまけに噂のエイブラハム・リンカーン号(アメリカが今の基地にしている巨大空母)でトランジット(降りられなかったけど)してしまった。
チャランの取材は大成功。面白いスト-リーがとれたので、あとでまとめて送ります。
あさってはもう一度フランス軍のヘリで、今度は基地のあるマラボーへ行きます。今度はちゃんとフランス軍の活動が撮れるように念を押しました。短期間だけ、いわゆる“embeded”な従軍記者になるのだ(編集部注:アメリカ軍のイラク侵攻の際、embededな記者たちの客観性が問題になったのでそのジョーク)。寝るところもご飯も一緒。この条件は、どうしてもフランス軍の食生活を知りたい私の個人的な興味でもあるのだけど……(笑)。
それにしても、今日また別の日本人記者に会ったのだけど、チャランの話をしたら自分も行くとか言い出して、思いっきりパクられそう。どうして日本人記者ってこうなんだろう? パクって当たり前でしょうって顔している。だから日本はどの新聞もどのテレビもほとんど同じニュースなのかな。ヨーロッパだったらゼッタイ許されないのに! ほんとに! 業界から追放されちゃうよ!
text & photos / Kani Sae 22:28
通信024 各国の医療援助団体の中でも |

デンマークの移動病院のテント内部。120人が入院できる設備が整っている。

テントの中には、開腹手術ができる手術室も備わっている!
先日体調を崩した際、日本の徳州会という医療団体の先生に診てもらったのだが、彼らが施設の一部を借りていたのがデンマークから支援に来ているDEMH(デンマーク緊急医療モバイルホスピタル)だった。その設備や体制の充実ぶりがすばらしかったので、少し紹介したい。
DEMHはデンマーク防衛庁内に作られた緊急災害に瞬時対応できるように作られた医療チームだ。今までも、イランやインドのグジャラートの大地震、爆撃後のアフガニスタンなどで活躍してきたという。チームの構成は医師2人・看護師6人、麻酔士1人、それに設備ロジスティックの技術士、国連や他NGOとの調整をするオフィサー、シェフ(!)までいる。医師や看護師以外はふだんは普通の仕事(消防士・電気技術士・ケータリングなど)をしている人たちである。いざというときに政府から呼び出しを受け、オペレーションに参加する。ボランティア的ではあるが、オペレーションに参加している間は、普段もらえる分の給料は政府が保証してくれるという。
空気で膨らませるドーム型テントには、開腹手術ができる手術室、入院病棟も備わっている。今このアチェでこれほどの野外施設を持っているところは軍の病院でもない。資材は総計80トン、輸送飛行機2台分。これで1ヶ月はもつという。必要要請を受けてから出発準備完了までわずか48時間だった。
text & photos / Kani Sae 14:12
通信025 「援助の基本はまず自分たちが |

夕食のあと、夜な夜なミーティングが続く。

トイレはコンポスト式で、2ヶ月ほどで土に還るという。病院施設からの汚水は一度浄水機を通して、環境に問題のない程度にして捨てている。
シェフのティナさんは毎朝新鮮なパンとケーキを焼く。炎天下の中休みなく働くスタッフの体調を気づかい、お腹のすいたスタッフにはいつでもチャチャッとおいしいものを作ってあげるのだ。ほとんどの援助団体が軍などのレトルト食品、日本の医療チームが一日3食カップラーメンを食べているのを考えると、これがどれほどのことかわかると思う。
「まずは自分たちがハッピーであること、この前提がなければ絶対にいい援助はできない」と麻酔士のアストリッドさんは言う。日本人はえてして、「卑劣な条件でがんばって援助している人たち」という自己犠牲を賞賛しがちだ。でも、はっきり言って、自分たちのしっかりとしたロジスティックを持たず、十分な設備も持たずにやってきて、結局自分たちがダウンしてしまっては元も子もない(もちろん下痢に倒れた私も人のことを言える身ではないが……)。
text & photos / Kani Sae 14:20
通信026 どうしても比べてしまう、 |

JICAのクリニック。もう既に撤退してしまって、自衛隊が場所を移し引き継いでいる。
一方、日本のJICAのクリニックは、炎天下の熱風が入って来るペラペラのテントで患者さんを診ていたが(もう既に撤退してしまって、今は自衛隊が場所を移し引き継いでいる)、自分たちがダウン、点滴を打っていたような状態である。
40℃まで上がることもある日中は暑すぎて、患者さんもあまりやってこない。しかし日本スタッフは夕方には自分たちの借りている民家に帰ってしまう。日本政府を代表するJICAだというのに……。
DEMHのプレスオフィサー、ソービォンさんによると、「デンマークのこのすべてのオペレーションは人件費、消費物資込みで3ヶ月、400万ユーロ(日本円で約5億4000万円)でできる。私たちは既にテントなどの施設を所有しているので安くできる」という。日本が一から買いそろえても、4億円ほどあれば足りるだろうという。日本のインドネシアへの援助総額は145億円とか。まかなえないわけはない。
ソービォンさんが最後に言ったひとことが印象に残る。「日本の医師は優秀かもしれないが、今度来る時は自分たちの設備を持ってきてほしい。せめて自分の寝るところぐらい。世界25ヶ国が調印しているInternational Search and Rescue Advisory Group (INSARAG)という団体があって、その規定に各自自分たちのロジスティックは自給自足でき、 他団体の負担にならないようにってあるんだよ」。
text & photos / Kani Sae 14:30
通信028 フランス軍の取材終了 |
やっと携帯圏内に戻ってきたのでこのメッセージも送れるようになった。昨夜はフランス軍のキャンプに泊まった。世界的に有名なフランスの食事。しめしめ。
今日は軍が行っている予防接種のプログラムに同行した。空気が本当に乾燥している。
text & photos / Kani Sae 00:27




