通信034 後ろ髪を引かれる気持ちで帰途に |
アチェに来てもうすぐ3週間。この間突っ走りに突っ走ってきたから、やっぱり疲れ気味だ。そろそろ帰ろう。
いざ帰るとなるとまた欲が出てきて、「もっとできたのではないか」とか「もっとできることがあるのではないか」と思ったり、他のフォトグラファーと自分を比べて落ち込み気味になってしまったり……複雑な気分。ジェームス・ナッチウェイが同じ時期に来ていたと聞いて、妙なプレッシャーを感じてみたり……(報道写真の神様と比べてどうするっ……苦笑)。
ただ、周りの景色が日常化してきているのも事実。今日も遺体を見かけたけれど、「あ、遺体だ」という程度で特別の感慨もわかなくなっている。現地の人々も普通の生活に戻り始めている。そろそろ潮時かもしれない。
援助バブルはますますアチェのインフラに負担をかけている。私はインドネシア赤十字にずっとただで泊めてもらっているからいいけれど(床に雑魚寝だが)、外国からぽっとやってきたジャーナリストは民家に一泊20USドル出して泊まっている(ホテルはどこも倒壊していて泊まれるところはない)。20USドルと言えば、平均的な労働者の日当7日分だ。一軒に2~3人の外国人を長期で泊めて、食事を出して洗濯してあげれば、その収入は相当なものだろう。
民宿をやれる人たちは、津波の影響をほとんど受けなかった高台地域の人たち。ということは、ほとんど何もなくしていない人たちばかりが儲けている一方、すべてを無くした人たちはまだテントに暮らしている。
外国のNGOも、スタッフの住居とオフィスやクリニックに使っている建物に相当な金額を払っているらしい。普段の相場を知らないから言い値をそのまま払っているのだろう。もちろん、ネゴをしている時間に余裕がなかったり、選ぶ余裕はなかっただろうとも思う。
日本赤十字は、ある人から聞いたところによると、普段の1年分に相当する家賃を月額で払っているらしい。外国人からすればたいしたことない金額でも、正常時の相場の10~20倍だ。一般人の生活に影響が出るのは必至。一般人の食べるナシブングス(ご飯と野菜とちょっとお肉の入ったお弁当)の値段もジャワの5~6倍になっている。今は援助物資をもらっているからいいが、6ヶ月してそれがなくなったとき、すべてを無くした人はどうなるのか。後ろ髪を引かれる気持ちだ。
text & photos / Kani Sae 16:22
通信035 早く、ぐっすり眠りたい |
今、空港にいる。帰るとなると複雑。まだいたいような、帰りたいような。同じインドネシア国内なのだから、また来ようと思えばすぐに戻って来られると思うと少し気が楽になるけれど、すでに軍からの締め付けも強くなってきているし、本当にまた来られるだろうか。
友だちになったアチェの学生たち。まだデンマークのDEMHに入院している腕を切断したおじさんや、脚を切断したデリサちゃん。みんなが別れを惜しんでくれた。「またいつ来る?」と聞かれるとつらい。このままアチェのことを忘れてしまうことがあってはならないから、できる限りの方法でこれからも関わっていきたい。
さぁ家に帰って、私のこの3週間を一から夫に話さなければ……彼は日本語が読めないから、私のこの連載は読んでいない。この3週間、暇さえあればCafeglobeにメールやSMSを送っていて、彼とはほとんどちゃんと話していない。1日では話し足りないだろう。彼のあきれたり、びっくりしたりする顔が目に浮かぶ。
空港は大混雑。ミッションを終えたらしい大勢の外国人たちは、リラックスして解放感に溢れた顔をしている。怪我がひどいためか、メダンの病院に移送される男性がいる。3週間の勤めを終えたというインドネシア人の医者や看護師もいる。
そんな中、私は猛烈な疲労感に襲われ、椅子にきちんと座っていることができない。早く、ぐっすり眠りたい。静かな場所で、気持ちと3週間に経験したことをゆっくり消化したい。
ジョグジャカルタの家についたら、またここに連絡をします。ここに書ききれないでいることも、あらためてCafeglobeで報告したいと思います。
text & photos / Kani Sae 12:29
通信036 帰宅したと思ったら、入院する羽目に…… |
ジョグジャに戻った喜びもつかの間、その翌日早朝から突然の下痢と吐気に見舞われ、病院に行ったところ、「急性胃腸炎」と言われてそのまま入院してしまいました。点滴を10本ほど受けて。無理矢理まだ入院させておこうとする医者と看護婦を振り切ってやっと今退院してきたところです。こちらでは外国人の患者は金ヅルだから、必要以上に入院させたり薬を出そうとするんです。ほんとは、入院も必要なかったと思うんだけど。
ジャーナリスト仲間に話したら、アチェから戻った翌日に病に倒れた友人がすでに2人。私で3人目とか。みんな、ぎりぎりの精神力でやっていたのだろう。でも、アチェで病気にならなくてぎりぎりセーフ。文句は言いつつも、まだここジョグジャのほうがアチェの医療状況よりはましだから。
2日間病院のベッドで、ずっとうつらうつらとアチェの夢を見ていた。目が覚めても自分がどこに居るのか分からないこともあった。「帰ってきたんだっけ」と思い出し、なんだかアチェのことが半分夢だったような気さえしてくる。そして、忘れないうちに書かなきゃと焦りはじめる。平和で安全な場所に戻ってくると、こうも人間の感覚って鈍くなるものかと呆れるくらい、なんだかぼーっとしている。さぁ、しゃきっとして書かなきゃ。まだ書ききれていないことがたくさんある。
【編集部より】
かにさんの、アチェ取材記はいったんこれで終了となります。
また、これまでここには書ききれなかったことなどを記事としてまとめていただき、今月下旬から順次掲載していく予定です。どうぞお楽しみに!
text & photos / Kani Sae 10:51




