スマトラ島沖地震 ライブレポート
  今回の津波で最大の被害を受けたインドネシアのアチェ地方。じつはアチェはかねてから独立ゲリラ(GAM)と政府の抗争が激しく、各国からの援助が十分に届くか心配されている地域でもあります。今ここに、以前東ティモールについてレポートしてくれたかにさえさんが、取材に向かっています。ネットにアクセスできない期間はSMS(欧州やアジアで採用されている携帯電話のテキスト送信機能)を活用するなどして、時々刻々と変わる現地の様子を随時更新でお届けします。
※新しい通信は常に古い通信の上部にアップされますので、さかのぼって読む場合は日付とタイトルの「通信000」の数字を参考に古いものからお読みください。
   
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通信019 片腕を切断されたおじさんになぐさめられる



眠れないまま、悶々とする。病院の先生には下痢も不眠もPTSDだと言われた。タフになったと思っていた自分が、実は眠れていなくて、実はそれが遺体捜索のせいだと?? トラウマ? これをトラウマと言ったら、アチェの人たちはどうなのだろう?

自分のもろさに腹が立つ。あの日はあんなに何も感じなかったのに。いったいどこで間違ってこの状態になったのか。へんてこな病名をつけられて、かえって精神的にバランスが崩れたようだ。

明け方3時にベッドから抜け出し、隣の病棟テントを抜けようとすると、津波で怪我をして左腕を肩から切断したおじさんが、ベッドに座ってコーランを唱えていた(コーランは読むというより、歌っているように聞こえる。お経よりもメロディがある)。薄明かりの中、コーランを唱える彼を見て、言葉じゃなく、どかんと彼の切なさが伝わってきた。かわいそうとかじゃなくて、ただ切ない。「眠れないの?」と聞かれ、泣きそうになりながら「うん。でももう寝る」と言って、ベッドに戻る。

彼のただその一言が私の崩れそうになっていた精神のバランスを戻してくれたみたい。あまりにも大きな彼らの悲しみを、切なさをお腹で感じることにで、私の心はあのくだらない病名を吹き飛ばす力を得たようだった。

text & photo かにさえ 10:30

通信020 「死体のある場所教えてください」だって!



今日は気を取り直して、ノンアポで各国軍のヘリポートに行って、フランス軍のパイロットに直接交渉してみたら、一番被害のひどかったチャランという町までヘリでに連れて行ってくれるとOKをもらえた。今日の5時に向かう。1日か2日で帰って来ると思うので(帰りのヘリに乗れないと困るし……)また続報流します。

2日間ヘコたれて具合が悪かったので、日本とデンマークの病院のお世話になっていたのだけれど、デンマークの移動医療施設のすばらしさに大感激! ゴミ処理機やトイレも環境にやさしいタイプだったり。これもまた後日レポートしたい。

しかし、このところ日本のメディアが増えてきていて、私が取材してきた内容をそのままパクろうとする人がいて結構むかつく! 「死体のある場所教えてください」ですって。これは某メディアの支局長。

text & photo かにさえ 14:43

通信021 フランス軍ヘリで行って来ます!




自衛隊ツアーご一行様。ちょっとイジワルかなと思ったので、後姿のショットだけ。


約束どおり、昨日の5時にヘリポートに行ってみたのだけれど、ヘリの姿はなし。自衛隊のヘリが日本人ジャーナリストをたくさん載せて飛び立っていくのが見えた。めいめい大きなスーツケースを引っ張って、海外ツアー団体のような姿が浮いて見える(普通ジャーナリストはこんな災害地にスーツケースなんかでは来ない)。

今朝どうしてチャラン行きのヘリがなかったのか聞いたところ、「あれ、サバン(フランス軍のベースがある町)に行きたいんじゃなかったっけ?」。変なの。フランス人の耳にはチャランもサバンも同じに聞こえるんだろうか。

昨日引き受けてくれたパイロットは勘違いを謝ってくれて、なんとか今日のチャラン行きのヘリに乗れるよう努力してくれると言っていた。でも、「軍のヘリはジャーナリストのタクシーじゃないから、フランスが主役の記事を書いてね」ですって。特別良く書くようなことはできないけど、どんな具合なのかはとくと取材させていただきましょう。

昨日は睡眠薬を飲んで9時間ぐっすりでした。そしてちょっと寝過ごしてしまった! では、急いで行って来ます! 数日戻らないかもしれません。チャランは携帯の電波が届かないので、次のレポートは数日後になります。
(※携帯SMSで英文受信。編集部訳)

text & photo かにさえ 07:30

通信022 いよいよヘリコプターに乗る



まだ1日に1~2回は余震がある。地元の人たちはこれはアッラーの怒りだと言う。インドネシア国軍がお酒や売春などアチェにはなかったものを持ち込んで、風紀が乱れてきていたからだ、と。

ヘリポートでは、フランス軍のヘリとパイロットが私を待っていてくれた。なんと、お客(?)は私だけらしい。ラッキー!
(※携帯SMSで英文受信。編集部訳)

text & photo かにさえ 17:24

通信023 だから日本のニュースは
どこも同じ内容なのだ



フランス軍のヘリでチャランに行って1泊し、今日の午後アメリカ軍ヘリで帰ってきました。アメリカ軍、おまけに噂のエイブラハム・リンカーン号(アメリカが今の基地にしている巨大空母)でトランジット(降りられなかったけど)してしまった。

チャランの取材は大成功。面白いスト-リーがとれたので、あとでまとめて送ります。

あさってはもう一度フランス軍のヘリで、今度は基地のあるマラボーへ行きます。今度はちゃんとフランス軍の活動が撮れるように念を押しました。短期間だけ、いわゆる“embeded”な従軍記者になるのだ(編集部注:アメリカ軍のイラク侵攻の際、embededな記者たちの客観性が問題になったのでそのジョーク)。寝るところもご飯も一緒。この条件は、どうしてもフランス軍の食生活を知りたい私の個人的な興味でもあるのだけど……(笑)。

それにしても、今日また別の日本人記者に会ったのだけど、チャランの話をしたら自分も行くとか言い出して、思いっきりパクられそう。どうして日本人記者ってこうなんだろう? パクって当たり前でしょうって顔している。だから日本はどの新聞もどのテレビもほとんど同じニュースなのかな。ヨーロッパだったらゼッタイ許されないのに! ほんとに! 業界から追放されちゃうよ!

text & photo かにさえ 22:28

通信024 各国の医療援助団体の中でも
際立っていたデンマーク




デンマークの移動病院のテント内部。120人が入院できる設備が整っている。


テントの中には、開腹手術ができる手術室も備わっている!

先日体調を崩した際、日本の徳州会という医療団体の先生に診てもらったのだが、彼らが施設の一部を借りていたのがデンマークから支援に来ているDEMH(デンマーク緊急医療モバイルホスピタル)だった。その設備や体制の充実ぶりがすばらしかったので、少し紹介したい。

DEMHはデンマーク防衛庁内に作られた緊急災害に瞬時対応できるように作られた医療チームだ。今までも、イランやインドのグジャラートの大地震、爆撃後のアフガニスタンなどで活躍してきたという。チームの構成は医師2人・看護師6人、麻酔士1人、それに設備ロジスティックの技術士、国連や他NGOとの調整をするオフィサー、シェフ(!)までいる。医師や看護師以外はふだんは普通の仕事(消防士・電気技術士・ケータリングなど)をしている人たちである。いざというときに政府から呼び出しを受け、オペレーションに参加する。ボランティア的ではあるが、オペレーションに参加している間は、普段もらえる分の給料は政府が保証してくれるという。

空気で膨らませるドーム型テントには、開腹手術ができる手術室、入院病棟も備わっている。今このアチェでこれほどの野外施設を持っているところは軍の病院でもない。資材は総計80トン、輸送飛行機2台分。これで1ヶ月はもつという。必要要請を受けてから出発準備完了までわずか48時間だった。

text & photo かにさえ 14:12

通信025 「援助の基本はまず自分たちが
ハッピーであること」




夕食のあと、夜な夜なミーティングが続く。


トイレはコンポスト式で、2ヶ月ほどで土に還るという。病院施設からの汚水は一度浄水機を通して、環境に問題のない程度にして捨てている。

シェフのティナさんは毎朝新鮮なパンとケーキを焼く。炎天下の中休みなく働くスタッフの体調を気づかい、お腹のすいたスタッフにはいつでもチャチャッとおいしいものを作ってあげるのだ。ほとんどの援助団体が軍などのレトルト食品、日本の医療チームが一日3食カップラーメンを食べているのを考えると、これがどれほどのことかわかると思う。

「まずは自分たちがハッピーであること、この前提がなければ絶対にいい援助はできない」と麻酔士のアストリッドさんは言う。日本人はえてして、「卑劣な条件でがんばって援助している人たち」という自己犠牲を賞賛しがちだ。でも、はっきり言って、自分たちのしっかりとしたロジスティックを持たず、十分な設備も持たずにやってきて、結局自分たちがダウンしてしまっては元も子もない(もちろん下痢に倒れた私も人のことを言える身ではないが……)。

text & photo かにさえ 14:20

通信026 どうしても比べてしまう、
日本の医療援助チームは……




JICAのクリニック。もう既に撤退してしまって、自衛隊が場所を移し引き継いでいる。

一方、日本のJICAのクリニックは、炎天下の熱風が入って来るペラペラのテントで患者さんを診ていたが(もう既に撤退してしまって、今は自衛隊が場所を移し引き継いでいる)、自分たちがダウン、点滴を打っていたような状態である。

40℃まで上がることもある日中は暑すぎて、患者さんもあまりやってこない。しかし日本スタッフは夕方には自分たちの借りている民家に帰ってしまう。日本政府を代表するJICAだというのに……。

DEMHのプレスオフィサー、ソービォンさんによると、「デンマークのこのすべてのオペレーションは人件費、消費物資込みで3ヶ月、400万ユーロ(日本円で約5億4000万円)でできる。私たちは既にテントなどの施設を所有しているので安くできる」という。日本が一から買いそろえても、4億円ほどあれば足りるだろうという。日本のインドネシアへの援助総額は145億円とか。まかなえないわけはない。

ソービォンさんが最後に言ったひとことが印象に残る。「日本の医師は優秀かもしれないが、今度来る時は自分たちの設備を持ってきてほしい。せめて自分の寝るところぐらい。世界25ヶ国が調印しているInternational Search and Rescue Advisory Group (INSARAG)という団体があって、その規定に各自自分たちのロジスティックは自給自足でき、 他団体の負担にならないようにってあるんだよ」。

text & photo かにさえ 14:30

通信027 フランス軍艦「ジャンヌダルク」にて



今、フランスの軍艦「ジャンヌダルク」の上だ。アチェに来て2週間、いままでで最高の食事にありついている。3コースでワイン付きとは! やっぱり私の読みは正しかった。今日は巨大な船の中を案内してもらった。600人ほどが乗っているという。明日はオペレーションに同行だ。

船のデッキに座って兵士たちがジョギングをしているのを眺める。ちょっと雲が多いけど、夕焼けが美しい。2週間ぶりに少しリラックスできた気分。

text & photo かにさえ 21:31





かに さえ
フォトジャーナリスト
インドネシアの古都ジョグジャカルタとバリをベースに活動するフォトジャーナリスト。アジアを中心とした開発・人権環境問題が主なフィールド。昨年、長らくイギリスにおいていたベースをインドネシアに移した。東京生まれ。日本向け雑誌のバリ取材・コーディネートなども手がける。
ロンドン反戦デモ 200万人が街に出た日
  Cafeglobeバックナンバー。米英によるイラク攻撃の直前にロンドンで行われたデモをレポート。
Sae Kani Photography
  かにさんのサイト。
かにさんへのメールは
こちらから
  saerobinson@yahoo.co.jp









ピースウインズジャパン
  かにさえさんの入っているインドネシア・アチェ州のムラボー近郊で援助活動中。クレジットカード可。
日本赤十字社
  インドネシア赤十字社への支援なども行っている。しかし1月14日現在寄せられているのは19億円弱(新潟の110億円と比較すると少ない!)。郵便振替・銀行振り込み
のみ。
国連WFP協会
  国連世界食糧計画を支援する日本での民間協力の窓口。寄付はローマのWFP本部を通じて活用される。クレジットカード可。
日本ユニセフ協会
  今後は被災した子どもたちの生活再建、孤児の養育者探しなどにとくに注力していくという。クレジットカード可。