スマトラ島沖地震 ライブレポート
  今回の津波で最大の被害を受けたインドネシアのアチェ地方。じつはアチェはかねてから独立ゲリラ(GAM)と政府の抗争が激しく、各国からの援助が十分に届くか心配されている地域でもあります。今ここに、以前東ティモールについてレポートしてくれたかにさえさんが、取材に向かっています。ネットにアクセスできない期間はSMS(欧州やアジアで採用されている携帯電話のテキスト送信機能)を活用するなどして、時々刻々と変わる現地の様子を随時更新でお届けします。
※新しい通信は常に古い通信の上部にアップされますので、さかのぼって読む場合は日付とタイトルの「通信000」の数字を参考に古いものからお読みください。
   
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通信010 避難している人たちのキャンプが増えてきた




ひと村まるごと避難してきたという人たちのキャンプ。写真の人はその村の村長。村の誰もが身内を亡くしたという。



GAM(独立派ゲリラ)のベースと言われている村だが、平和そのものに少なくとも見える。軍のチェックポイントが10kmごとにある。

いくつも通り抜ける村々はとても平和に見える。田んぼで作業をしている人の写真を撮っていて田んぼに落ち、膝まで泥にはまってしまった。でもいい写真が撮れたから、いいのだ。

だんだん避難してきている人たちのキャンプが増えてきた。白い砂のビーチは皮肉なほど美しい。まだ州都バンダ・アチェまで5時間だというのに、津波の被害は相当なものだ。「こんなもんで驚くな、バンダ・アチェは想像を絶する状態だよ」と人々が言う。

昨日の夜は、地元の人の家で、そこの娘さんのベッドを半分借りて、娘さんと一緒に寝た。みんなとっても親切で、たくさん食べろとすすめてくれる。また早朝出発。Peureulakというゲリラの本拠地も通った。10キロごとに陸軍の検問がある。
(※携帯SMSで英文受信。編集部訳)


インドネシアのイスラム系NGOから洋服の配給を待つ家族。インドネシア各地から何百トンという古着がアチェに送られた。

text & photo かにさえ 11:50

通信011 どぶのような、何かが
腐っているような猛烈な臭い




バンダアチェの街中で。家をなくした人たち。異臭が漂っているので皆マスクをしている。

やっと、バンダ・アチェにたどり着いた。とてもきれいな街。でも恐ろしいほどに破壊されている。体を洗うのも、茶色く濁ったままの井戸水。街をなんともいえない異臭が覆っている。どぶのような、何かが腐っているような。

インドネシア赤十字社に話をつけることができた。明日からの遺体収集オペレーションに同行させてもらえる。10日間のオペレーションなので、その間は帰ってこられない。救援に向かう場所は携帯の電波が届かないので、この携帯SMSもその間はできない可能性が高い。イ赤十字社のスタッフはマスクとブーツをくれ、コレラの予防接種を打ってくれた。
(※携帯SMSで英文受信。編集部訳)

text & photo かにさえ 09:40

通信012 インドネシアの援助機関もいい仕事を
しているのに、世界の報道は……




スマトラ島の最北端、アチェ州の州都バンダアチェでは、まさにこんな風景が広がっている。


破壊された家々が押し寄せた川岸に自分の家の一部を見つけたのだろうか。せめて使えるものを探している人々がいる。

世界から集まった援助機関が登録をしている国連のオフィスに行ってきた。日本のJICA(独立行政法人 国際協力機構)を探したけれど、ジャカルタの代表の名前があっただけ。国連のスタッフいわく、JICAはお金を提供しているだけだからここには登録していないのだとか。

日本から得ていた情報とは現実はちょっと違っている印象。日本人は金を送ってくるばかりで危険な場所にはすぐに来ず、安全で快適な環境が整うとノコノコやってくる人たちだと思われるのはちょっと悔しい

バンダアチェで見る限り、世界各国からの援助機関とインドネシアの組織の間にはかなりの溝があるように見える。ある地域は外国人だらけだし、別の地域はローカルしかいない。2つのグループの間には何のコミュニケーションも連携もないようだ。外国のメディアは外国の援助機関がやっていることだけを報道し、ローカルのメディアはローカルの組織がやっていることだけを報道している。

だから、世界の大手メディアがインドネシアの組織がまるで何もしていないように伝えているのはフェアじゃないと思う。私の見る限り、インドネシアの組織もかなりいい動きをしている。しばらくインドネシアの活動にくっついて取材をしてみることにする。とにかく明日からは遺体探しだ。幸運を祈ってて!
(※携帯SMSで英文受信。編集部訳)

text & photo かにさえ 20:22

通信013 歩いていると、5mおきくらいに
人らしいものの姿が……




崩れた家の下から、大人と子どもの遺体が見つかった。大人の体は子どもをかばうように折り重なっていたという。


トラックで捜索地域に向かう。雨季なのに、今年は雨がほとんど降っていない。空気はからからに乾き、砂埃がもうもうと舞い上がる。


私がテントで寝起きを共にしている、インドネシア赤十字の西ジャワチーム2。インドネシア赤十字は、今インドネシア国軍と並んでアチェで国内の団体としては最大規模で活動を展開している。

今、遺体捜索のオペレーションから戻ってきたところだ。結局、インドネシア赤十字のスタッフが使う予定のヘリが飛ばず、オペレーションはバンダ・アチェ郊外のダラサラム地区で行われた。200人程度ずつのチームに別れ、膝まで水に漬かりながら遺体を捜す。マスクを二重にしているのに、ものすごい異臭が侵入してくる。私が同行したチームは1時間ほどの間に32体を水から引き上げた。

本当にそこらじゅうに遺体がある。歩いていると、5mおきに人らしいものの姿が目に入る。捜索を行った村は浜から少なくとも500mは離れているのに、ほぼ完璧に平らになっている。まだ数千人の遺体があるはずだとか。

バンダ・アチェ(アチェ州の州都)のローカル新聞セラムビによると、この街だけで死亡が確認された人が2万4389人、行方不明がまだ5万4780人いるという。いかに多くの遺体がまだ瓦礫の下に埋もれているかが分かる。
(※携帯SMSで英文受信。編集部訳)

かにさんによる、このインドネシア赤十字社チームによる遺体捜索のレポートは「日刊ベリタ」でより詳しくご覧になれます(50円の有料コンテンツですが、ぜひご覧ください)。

text & photo かにさえ 12:07

通信014 遺体捜索のすぐあとに
お弁当、食べられるわけがない




捜索のガイドをつとめるためにやってきた、ここにあった村の住人の子。海水溜りの脇に座ってずっと捜索を見つめていた。彼らは村のほとんどの人を失った。


作業終了後。重い足を引きずって、集合場所まで5kmを歩く。

昨日の遺体捜索は、昼過ぎ1時頃には切り上げざるをえなかった。持ってきた遺体を入れる袋がなくなったからだ。さっそく、遺体を運んでいた手袋をはずし、手で、持ってきたブングス(紙につつんだお弁当)を食べる現地ボランティアを見て「うぁ、さすがタフ……」と思った。遺体の入った袋から10mと離れていなくて、まだ匂いだってする。「食べないと体がもたないよ」といわれ、私も持参した携帯スプーンで吐き気を飲み込みながら食べた。

夜になってその日のことを考えた。思ったほどショックを受けていないらしい。ちょっと前の私ならその場で取り乱していただろう……プロらしくなったものだと自分で変に関心してしまった。

text & photo かにさえ 09:15

通信016 みんなも、私も、涙が止まらない




大勢のムスリムがメッカに巡礼するイドゥル ハッダ ハの日。ここアチェでも朝7時から一斉にお祈りが始まる。人々の頬を涙がつたっている。普段は飄々としているように見える彼らの心の痛みを初めて目の当たりにした。


1月21日は「イドゥル ハッダ ハ」というイスラムのお祭りである。世界中のイスラム教徒がメッカに巡礼に行く日らしい。

バンダ・アチェでも、中央モスクに何千人もが集まった(編集部注:アチェ州はインドネシアの中でもとくに熱心なイスラム教徒が多い)。男の人のみのお祈りの場所に女の子が父親らしき人に連れられている。きっと母親やその他の女性の親戚は亡くなってしまったのだろう。

お祈りが始まるとあちこちで人々が泣き出した。普段は自分たちが生きるので精一杯だからだろうか、決して涙を見せないことに驚いていたが、今この瞬間に亡くした人たちへの思いが吹き出しているのだろう。

カメラのファインダーを見つめながら、私も涙が止まらない。
(※携帯SMSで英文受信。編集部訳)

text & photo かにさえ 17:25

通信015 遺体捜索のストレスで下痢に!



やっぱり、すごい下痢になってしまった。たぶん昨日の遺体捜索のストレスが原因だろう。ラッキーにも日本人の医師に会えたので、点滴を2本分打ってもらった。だいぶ楽になる。明日はイスラム教の大切なお祭りの日。明日までには復活しなくちゃ。
(※携帯SMSで英文受信。編集部訳)

text & photo かにさえ 17:25

通信017 贔屓目に見ても貧弱な日本の援助隊。
政府の拠出金は有効に使われている?



インドネシア人記者や外国人記者の現地語通訳が、少し大袈裟に話をしたりドラマチックな勝手な演出をして話しているのを立て続けに何度か見かけた。特に外国人に対しては同情を買おうと思ってか、その傾向が強い印象。英語もインドネシア語も分かる者として傍で聞いていると怪しい通訳が多い。日本にもいろいろな誤報が伝わっているのではないだろうか?

日本からの援助隊の活躍ぶりを伝えようと思ったのだが、JICA(独立行政法人 国際協力機構)曰く「JICAの過去最大のオペレーション」は、スタッフ12~13人の多くは体調不良とかで、リーダーは点滴しているような状態。昨日自衛隊にクリニックを引き継ぎ、撤退していった。

後日またレポートしますが、同じ政府の援助隊でも、デンマークは20人のチームで140人収容可・開腹手術可な病院の3ヶ月分のコスト(スタッフの給料込み)がわずか約6.5億円とか。日本の145億円(政府のインドネシアのみに対する援助額)は効率よく使われているのかしら。やや心配。

text & photo かにさえ 19:51

通信018 40℃近い気温。雨季なのに雨が降らない



Cafeglobeユーザーの皆さんにたくさんのことをお伝えしたいのは山々なのだけれど、昼間は取材に追われているし、夜は疲労困憊。なんといっても気温が40度近くあるのだ。本当は今は雨季のはず。でも今年は全然雨が降らず、砂埃が舞っている。下痢は止まったけれど、ちょっとした不眠症になっている。まだ遺体捜索のショックが尾を引いているのかも。

たぶん、無意識に感情を押し殺しすぎていたのだろう。そのせいで溜まった感情の制御ができなくなっているのかも。ここにいる人の多くが同じような症状なのだとか。
(※携帯SMSで英文受信。編集部訳)

text & photo かにさえ 22:28





かに さえ
フォトジャーナリスト
インドネシアの古都ジョグジャカルタとバリをベースに活動するフォトジャーナリスト。アジアを中心とした開発・人権環境問題が主なフィールド。昨年、長らくイギリスにおいていたベースをインドネシアに移した。東京生まれ。日本向け雑誌のバリ取材・コーディネートなども手がける。
ロンドン反戦デモ 200万人が街に出た日
  Cafeglobeバックナンバー。米英によるイラク攻撃の直前にロンドンで行われたデモをレポート。
Sae Kani Photography
  かにさんのサイト。
かにさんへのメールは
こちらから
  saerobinson@yahoo.co.jp









ピースウインズジャパン
  かにさえさんの入っているインドネシア・アチェ州のムラボー近郊で援助活動中。クレジットカード可。
日本赤十字社
  インドネシア赤十字社への支援なども行っている。しかし1月14日現在寄せられているのは19億円弱(新潟の110億円と比較すると少ない!)。郵便振替・銀行振り込み
のみ。
国連WFP協会
  国連世界食糧計画を支援する日本での民間協力の窓口。寄付はローマのWFP本部を通じて活用される。クレジットカード可。
日本ユニセフ協会
  今後は被災した子どもたちの生活再建、孤児の養育者探しなどにとくに注力していくという。クレジットカード可。