今回のオーストラリア旅行は、香港のレストラン業界で働くCが旅の友でした。彼女は私と同年齢。高校、大学とメルボルンで過ごした後、中国に返還前の香港に戻ってマーケティング/PR系の仕事でキャリアを順調に積んできました。そんな彼女の学生時代/香港時代の友人達が、今働いているのは、シンガポールとオーストラリアが多いのだとか。
「私と同い年くらいの香港人は、みんなアメリカやオーストラリア、カナダに留学したのよ。特別なことじゃないわ」とCは言います。イギリス領だった香港が1997年7月1日中国に返還される直前の喧噪、覚えているでしょうか。私自身の周囲で考えてみても、あの頃は「1997年から、香港が滅亡してしまう」くらいの勢いで、皆香港に遊びにに行っていたように思います。返還直前の97年6月には、その喧噪ぶりを取材にも行きました。もう、ホテルがとれなくてとれなくて、結局コンラッドの1泊6万円(!)だかする部屋(しかもスイートじゃなくてその値段!)に泊まった記憶があります。そんな時期だから、当然、香港の住民はそれ以上の危機感を抱いていた訳ですね。
で、ご存知のとおり返還直前の香港は未曾有の好景気となり、海外留学していた香港人たちは皆香港に戻って来てめちゃめちゃ働いていたわけです。「明日がない」という切迫した思いを抱いて。そんな20代の若者たちはアフターファイブにどうしたかというと……
「パーティ、パーティ、パーティの日々だったわ」と回想するのは私よりも2歳若いマギー・チャン似の美女M。「パーティは水曜日の夜から始まるのよ。朝まで騒いで、着替えてシャワーを浴びるとそのままアカウンタントの仕事。ほとんど寝ないまま水、木、と過ごすと金曜日の夜は、フェリーでマカオに出かけるの。もう行きのフェリーの中から音楽かけて、こう、踊っているのよ」
当時、土日のマカオは島全体がパーティ会場のようだったのだとか。誰かのウチのパーティからパーティへはしご、2日間ぶっつづけで遊び回り、月曜日の朝イチのフェリーで香港に戻る時には、皆死んだように寝ていたのだそう。「だって、30歳になる前に死ぬんだ、と思い込んでいたのよ」とM。バーやクラブ、パーティではお酒はタダで振る舞われ、それをじゃんじゃん飲みまくる日々。
そんなパーティ&アルコール漬けの世紀末の遊び人達も、私同様すでに30代後半。飲むお酒はカクテルやハードリカーからワインに、夜遊びのパターンもクラビングからレストランで親しい友人達と話す、というのがメインに変化しました。そして、あんなにチップスやポークチョップが好きだったのに、今や半数はペスコ・ラクト・ベジタリアン(魚&乳製品OKのベジ)であったり、なんらかのダイエットをやっていたり。

メンバーの一人が経営するモダン・マレーシアンレストランで、オーストラリアワインを飲みながらわいわいと昔話。左の男性Hなぞ、昔はどんなクラブも顔パスで入れたという遊びの強者だったそう。
マチュアになる、大人になるって、そういうことなんだなあ、と思うのです。食べ物やライフスタイルだけじゃありません。Mはずっとイヤでイヤでしょうがなかったアカウンタントの仕事(でもお金は稼げる)を辞め、今はメルボルンで「本当にやりたいと分かった」貧乏アート学生をしています。
私自身も悪名高い「バブル就職組」だったため、多かれ少なかれ、彼らと同じように遊びまわる20代を過ごしました。さらに、世紀末には大好景気を迎えたロンドンに住んでいたため、毎週末パーティ&クラビングで夜を明かした経験アリ。
そんな私がタバコもやめ、爆食もやめ、ヨガやエクササイズをやりながら日々楽しく過ごしているのは、なんだか不思議な気がします(夜遊びはやめていませんが)……が国籍や環境それに経験は違っても、同じ人生ステージに立つ人たちは、多かれ少なかれ同じようなライフスタイルを心地よいと思っているのだな、と感慨も深まったのでした。
というわけで、まだまだオーストラリアでのお話、続きます。
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8月8日の体重:53.0kg(ようやくオーストラリアで増えた分が元に戻りました)運動:ヨガ30分 起床:5時 就寝:12時 昼寝:1時間
<8月8日の食事内容>
朝:豆乳、桃のジュース、卵サンドイッチ
昼:コーヒー、舞茸のガーリックパスタ
夜:自家製サルサ、キュウリの自家製漬け物、コロナビール1本
ムラリエさん、こんにちは。いつもご愛読ありがとうございます。
なんたって今ジムにマメに通って体力作りしているのも、実は秋に訪れる予定のロンドンでクラブ活動をしたいがため、というバブル世代のワタクシであります。20代後半だと、夜明けまで踊ってナイトバスで帰宅できましたが、今はひよってシンデレラのように0時にはタクシーに乗ってしまいそう。
遊ぶには、まず体力です。そして健康です。毎日ぬか漬けやお野菜、リビングなものを食べてがんばりましょうぞ。
yamasho
私も一度(もうないでしょうが…)バブルっつうものを経験してみたかったです。酒池肉林三昧。
こちら、女子大生ブームと女子高生ブームのはざまでぱっとせず、渋谷系にも乗り遅れ、受験戦争はちゃっかり全盛期、で、卒業したら未曾有の就職難……という、75年生まれ。一夜で人生が変わるような大きな不幸には慣れてませんが、小さな不幸の連続にはいちばん耐性のある生まれ年かもしれません。いいんだか、悪いんだか。
一度、バブルの夜というものを疑似体験させてください!