更新日:2008年4月26日



チベットその2 三都市からの聖火ラン騒動レポート

カテゴリ:今日できることをしよう  2008 4月26日

  前回、チベットでの暴動について書いて以来、1ヶ月以上が経ってしまいました。いまロンドンにいるのですが、聖火が日本に到着したことを、BBCテレビは朝のトップニュースで伝えていました。ロンドンで最初にあの聖火奪い取り事件やFree Tibetデモが行われて以来、デモこそ民主主義の基本ツールと考えているイギリス人は、聖火が通る各国の反応を興味津々で追っています。

  せっかくなので、ここでは日本からはあまり見えないロンドンでの事情、そして普段からcafeglobeに記事などを寄せてくださっているふたりのライターさんからいただいた、パリ・サンフランシスコで現場に駆けつけてのレポートをご紹介します。


サンフランシスコで聖火ラン前夜に行われたプロテストイベントには、俳優のリチャード・ギアも登場。リチャード・ギアはチベットサポーターとしてのキャリアが長い。ダライ・ラマ法王にも何度か謁見している。(photo / Sasaki Junko)

●1 ロンドン:
聖火ランナーたちも、口々に
中国のチベットでしていることを批判

  ふだんから中国大使館前にチベット旗を持った人がいるなど、チベット問題のことが比較的市民に知られているイギリス。ですが私の予想を超える大騒ぎでした。スタッフ用のバスにデモの人たちが先に乗り込んでしまったり、聖火に消化器を吹きかける人がいたり。そしてあの奪い取り未遂事件。青いジャージ軍団の不気味っぷりも巷で話題になりました。ロンドンオリンピック準備委員会のお偉いさんが「あいつらは何だ?」と公の場で不快感を表明したり。

  さすがだなと印象に残ったのは、聖火ランナーの有名人やオリンピック選手たちが、はっきり意見を述べていたことです。聖火を奪われそうになったコニー・ハクさん(日本で言えば元ピンポンパンのお姉さん)は「オリンピックの精神は素晴らしいと思うので走ったけれど、人権軽視の中国の方針には大反対」とその後のインタビューで答えていたし、最初の走者のスティーブン・レドグレイブさん(ボート競技金メダリスト)は「意見を自由に述べられるのは大切なこと。デモがあってよかったと思う」とマイクに向かって話していました。


●2 パリ:
国会のテラスにチベット支持の政治家が勢揃い
肝心の聖火はバスに乗っていてついに見えず

  ロンドンの直後に聖火ランがあったのがパリ。ロンドンを見て、やはりデモ好きなパリ市民はだいぶテンションが上がったはず(おそらくフランス人はイギリス人以上にデモの力を信じている)。もちろん、市当局や警察も自国民の気質は百も承知なので、力が入ります。以下は、パリ在住の安田知子さんによる写真レポートです。


まず聖火が通るコンコルド広場に行ってみると、すでに警察や機動隊の車両だらけの厳戒態勢。チベットの旗をなびかせたチベット支持者がバイクで沿道の人々に手を振りながら走っていきました。(photo / Yasuda Tomoko)


最初に露払いの騎馬隊が通り、そこまではよかったのだけれど、そして場所にもよったのだろうと思いますが、肝心の聖火も聖火ランナーも警備車両が邪魔でまったく見えないまま行ってしまいました。子どもたちが沿道で歓迎の旗を振るような雰囲気ではなかったです。(photo / Yasuda Tomoko)


ものものしい警戒の中、ガッカリした見物人(中にはロンドンのようなアクションを期待していた人もいたかも)はゾロゾロと次のポイントであるフランス国会に移動。すると、国会のテラスにチベットの旗を持って支持を表明する政治家が大勢。政治家だけでなく、国会の職員も出てきて旗を振っています。聖火が通り過ぎた後、一部の国会議員が出てきて、取材カメラの放列にチベットを支持する意見を述べていました。(photo / Yasuda Tomoko)


一角には、中国の旗を掲げる中国支持者の人々も。言葉や雰囲気から、パリに多い中国系のフランス人ではなく、留学生など中国から来ている人が多いようです。(photo / Yasuda Tomoko)


やっとお待ちかねの聖火が!と思ったら、聖火はすでにバスに乗っていました……。あの青ジャージーの人たちも乗っているのが見える。隣の男の子が「聖火がないよ」と周りの大人に聞いていました。(photo / Yasuda Tomoko)


騒ぐのが目当ての人もいますが、このムッシュのように、一人でカードを持って立っている人もけっこう見かけました。自分のメッセージを伝えることは大切、でもそのために聖火など何かを汚すことでは進歩もない……そう思った帰り道でした。(photo / Yasuda Tomoko)


●3 サンフランシスコ:
お台場ー丸の内だったコースが、
開けてみれば中野ー世田谷に変わっていた!

  その後聖火は、アメリカで最もリベラルな街のひとつ、サンフランシスコへ。ゴールデンゲートブリッジにはチベット支持の横断幕が掲げられ(もちろんゲリラ)、市議会が聖火に抗議する議決をしたことなどもあり、イギリスの新聞やテレビの多くは、「聖火はついに(あの)サンフランシスコへ! さぁどうなる!?」と、じつはかなり楽しみにしてるなこの人たち……と思われる浮き足立った報道をしていました。以下はフリージャーナリストの佐々木順子さんにいただいた手記。長いのですが、ご紹介します。

  ルートが変更されたサンフランシスコの聖火トーチ。「市長は市民をだましたのだから謝罪すべきだ!」という怒りの声も聞かれるが、数日経って「結局はあれでよかったんじゃないか」という意見が増えている。

  サンフランシスコにはアジア圏外では最大のチャイナタウンがあり、観光名所となっている。中国系は市の人口の20%、アジア系の2/3を占めている。アジアに近い西海岸にあるし、北京オリンピックの聖火リレーをホストするのに、いかにもふさわしい街だ。が、同時にこの街はカウンターカルチャー発祥の地でもありNGOやアクティビストも多く、「プロテストはSFの名物」と言われるほどの土地柄だ。

  「ルートは変更するけど発表しない」という市長の土壇場の発表に、市民たちは「えーっ。まじかよー」とぼやきながら、まだのんきに構えていた。ほとんどの人は、まさかここまで劇的にルートを変えて、閉会式までキャンセルするとは予想していなかったと思う。

  前日夜のプロテストイベントは、忙しかったので迷ったが、ゲストのリチャード・ギアとデズモンド・ツツ大主教につられて行くことにした。こちらの政治社会問題のイベントには、大物俳優や作家が出てきたりするので、それも楽しみ。ひとりで来ている人が多いのにびっくりしたが、信じていることに対する一体感があるので寂しくない。


日が暮れ、とても寒い風が吹き始めても、熱い一体感が会場を包んでいて、誰も途中で帰ろうとしなかった。(photo / Sasaki Junko)

  で、リチャード・ギア。やっぱり素敵だった。「中国はいつか目が覚めて、一体何をやらかしたんだ?と思うだろう。その時に、ダライ・ラマのところに行って話を聞こう、と思うだろう」という言葉に、会場は多いに盛り上がった。また、聖火ランナーのひとりの女性がステージに上がり、「私はチベットのことを思いながら走ります」とスピーチした。ものすごく寒い夜だったが、途中で帰った人はほとんどいなかった。このイベントでは「プロテストはあくまでも非暴力で」「世界にサンフランシスコの自由で平和的な精神を見せよう」が繰り返された。少なくとも表向きには、聖火を奪って海に投げ込むようなことは、誰も望んでいないように思われた。


南アフリカのアパルトヘイト撤廃運動で活躍したノーベル平和賞受賞者、デズモンド・ツツ大主教。今回チベット問題に関して、中国政府に対して公開書簡を発表している。(photo / Sasaki Junko)

  当日、熱心なプロテスターたちは朝8時から集まり始めたが、市が出動させた警官とバスに包囲されてしまった。多くのプロテスターや市民は、閉会式会場周辺に三々五々向かった。しかし彼らを出迎えたのは、真っ赤な中国サポーターの旗・旗・旗。中国領事館と中国系アメリカ人のグループが、カリフォルニア各地の老若男女をチャーターバスで送り込んだんだそうで、はるばるロサンゼルスから来た人たちもいたという。その数はプロテスターを凌駕していた。

  私が見た限りでは、プロテスターと中国サポーターがぶつかるような場面はなかった(中国サポーターにはお年寄りが多かったし……)。プロテスターの中には、囲まれて旗ふりを妨害されたり旗を破られたりした人もいたらしいが、全体的に取り立てて緊迫した雰囲気はなかった。それ以外はプロテストを見物に来た人の方が、聖火リレーを見物に来た人よりも多かったかもしれない。写真を撮っている人がものすごく多かった。

  セキュリティは固く、警官の数も半端じゃない。このあたりは金融街に近く、アップスケールなオフィスが多いのだが、知人のオフィスビルは入口を閉鎖され、4時間くらい外出できなかったと言っていた。ここまでやるのって、ひょっとしたら自爆者が出るのを怖がってるのかな?とか勘ぐりたくなる。

  私はプロテストサイトのケータイ情報に登録していたので、新しい動きがあるとメールが飛んで来る。聖火が出発してからは、「今、XX通りを北上中」とかメールが10分おきくらいに入るんだが、聖火はまさかの住宅街をのろのろと進んでいく。どこかでこっちに曲がって閉会式会場に向かうんだろうと思っていたら、ぜんぜん反対の方向へ行ってしまった。うそでしょー。言ってみればお台場ー丸の内のコースが、中野ー世田谷に変わったようなもの。いきなり家の前に聖火軍団が出現して仰天した人もいれば、来るはずの聖火を待ちぼうけした人もいた。

  ケータイに「ランナーのひとりがチベットの旗を取り出したぞ、やたっ!」とメールが入った。テレビにはほとんど映らなかったらしいけど、後でネットで見たら、前夜にスピーチした女性ランナーだった。やるなー。


チベットの旗を掲げて走った聖火ランナーはこの人、マジョラ・カーターさん。旗を掲げた後、聖火と旗を取り上げられ、取材カメラに「私はアメリカ市民。チベットの人たちのために自由に意見を言えるはずなのに!」と怒りをあらわにしている様子はこちらで動画で見られる。(photo / Sasaki Junko)

  個人的には、一生一度と思って遠路はるばるバスでやってきたのに、待ちぼうけをくった中国系のお年寄りたちがちょっと気の毒だった。一方で、「世界に向かってプロテストするチャンスを、市長はサンフランシスコに与えなかった」と怒るプロテスターの気持もわかる。

  だが、翌日の新聞に、政治アナリストのこんな記事が出ていた。

「閉会式の会場付近は、プロテスターよりも中国サポーターが多かった。あれがテレビに映っていたら、サンフランシスコは中国のチベットでの人権侵害に対し、さしたる抗議行動を起こしていないように見えたかもしれない。中国政府は大量のサポーターを手配して、この聖火リレーをのっとってプロパガンダに利用したかったわけだ。市長のルート変更には、その意図を覆す意味もあったのではないか」


閉会式が行われる予定だったジャスティン・ハーマン・プラザ。中国政府が集めたサポーターが大勢。でもおじいちゃんおばあちゃんが多かった……。(photo / Sasaki Junko)


「トーチ(聖火)にタッチしないで!」というプラカードも。抗議の意は表したいけれど、聖火は尊重しよう、ということか? 地元のラジオ局が配ったプラカード。(photo / Sasaki Junko)

  なるほど。十二分にあり得る話だ。確かに、世界の興味は聖火リレーそのものよりも、抗議行動に奪われていた。中国サポーターとプロテスターが繰り広げる政治劇から聖火リレーを取り返して、なんてことない街並みを走らせたのは、それほど悪くないことだったのかもしれない。

  テレビに映らなくとも、ルートは変えさせたし、閉会式もキャンセルさせたしで、プロテスト自体は大成功といっていいだろう。あの人出からは考えられないほど、怪我人や逮捕者も少なかった。単純にいうと、ただ人が集まることで、これだけのことが実現されたのだ……。

  プロテストやデモというと、「やってもどうせ何も変わらない」「あのことも、このことも棚に上げて、よくやるよ」という人がたまにいる。私もそう思うことがある。でもアメリカでプロテストイベントを取材するうちに、自身の気持がこんな風に変わった。「直接変えられなくても、その場に行って意思表示することが大事」だし、「物事はひとつずつしか変えられない」。自分が生きていて、たまたま出会って心にふれた「これっておかしいよ」と思うことに声をあげればいい。その声が見ず知らずの人たちとひとつになった時は、なんとも気持がいい。そしてその気持ちよさが、世界を変えていく力になる。(おわり)



  あらためて一連の聖火騒動を辿っていてとても気になるのは、本来チベットでの人権を守ろうというはずの動きが、中国の中では「中国すべてへの批判」ととられ、中国の意固地化・孤立化を招き始めていることです。たった数ヶ月ですが中国に滞在した経験から、あれだけ情報統制されていればある程度は仕方ないだろうとも思います。中国国内にもわかっている人はいるはず。でも声を上げられる国ではない……。聖火ランはチベットの問題を世界に知らしめるのには絶好の機会だったし、引き続きこの問題に光を当て続ける必要はあるけれど、今はいったん戦略を変えたほうがいいのかな、と思います。

  長野の聖火ランは、デモ文化の薄い日本のことだからとても静かに終わるのではないかと思います(まだわからないけど!)。この3都市のテンションを保ったまま海外からわざわざプロテストに来る人もそう多くなさそうだし。このチベットの人権問題に便乗して中国を批判したい人たちも一部いるようだけれど、元気なのはもっぱらネット上でだけだろうし。

  今日のもうひとつの大きなニュースが、中国政府がダライラマと対話の用意があると発表したことです。もしもこれがチベットやほかの民族に対して続いている弾圧をなくすきっかけになるなら、人類史上に残るターニングポイントを目撃してきたことになるのかもしれません。世界規模の市民がひとつの問題に意思表示をした結果政治が動くという意味で。楽観的すぎるかな。でもまずは期待をしたいと思います。そして、チベット以外の世界の人権弾圧にも目を向けていければ。ビルマ、北朝鮮、パレスチナ、チェチェン、ウズベキスタン……佐々木さんの言うように、ひとつずつしか変えられないかもしれないけれど、多くの人で分担して見て行けたらと思ったりしています。


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青木陽子
Cafeglobe
ファウンダー・取締役
女性誌編集者時代、自分を含めまわりの女性たちが本当に読みたい媒体がないことに気づき、1999年に現社長の矢野とともにCafeglobeを立ち上げ、6年間編集長をつとめる。現在、パートナーの暮らすロンドンと東京の二重生活を実践中。
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