たかがひと掴み程度の米飯をめぐって野良犬のように争うストリート・チルドレン。米粒をむさぼるときのすさまじい形相。ヨーロッパや日本に輸出するための切り身をとられた魚のあらを捨て場から集めるのが仕事の女性。彼女の裸の足元では蛆がうごめいている。映画を観ているこちらにまで、すさまじい臭気が襲ってきそうだ。

ストーリーは、タンザニアのヴィクトリア湖に人工的に放たれた白身のおいしい魚を縦糸に展開していく。肉食の魚は湖の生態系を破壊し、世界に売れる魚の経済価値は湖の周りの人間の営みを破壊し、エイズで亡くなる人や空腹のままコンクリートの上で眠るストリートチルドレンを生み出してきた。この魚の白身は日本にも輸入され、加工食品や弁当の揚げ物などに使われている。映画に出てくる彼らは、腐りかけた頭や尻尾しか口にすることはできない。photos : (c) coop99
先進国の私たちが人間史上最大規模の豊かさを謳歌している一方で、そのしわ寄せである貧困に苦しんでいる人々がいることがいるのは、知識としては十分知っているつもりだった。cafeglobeでは、2006年に半年かけて世界の貧困とグローバリゼーションについて考える特集も展開した。でも、この映画『ダーウィンの悪夢』が突きつける、貧困の現場の恐ろしい生々しさ、しかし感傷的なまでに美しい人間の存在感には、試写室を出てもしばらく同行の友人と交わす言葉が見つからなかったほどの衝撃を受けた。そして、猛烈な焦燥感にかられた。あんな思いをしている人間がいてはいけない!
胸が潰れる思いで資料を漁ると、これはゲリラ的に撮影された超低予算ドキュメンタリーらしい。撮影までひとりでこなす監督は、アシスタントとふたり、小さなカメラをバックパックに詰め、ときには警察に拘束・尋問されながら現地の「登場人物」たちに密着して撮影したという。そのザウパー監督に11月、インタビューすることができた。

オーストリア人だが、フランスでの生活が長いフーベルト・ザウパー監督。ルワンダ難民の惨状を追った前作『キサンガニ・ダイアリー』の撮影中に見かけた謎の貨物機が、今作を作るきっかけになった。さまざまな映画祭の賞を総ナメにしたこの『ダーウィンの悪夢』は、2006年アカデミー賞のドキュメンタリー部門にもノミネートされている。
映画の名前は、ダーウィンの適者生存の法則にひっかけている。強い者だけが生き残るという法則。魚はおろか、人間すらも適者生存の時代になっているのか、という投げかけだ。
「この映画は猛烈な批判にさらされて参ったよ。嘘八百だとかね。タンザニア政府なんて、あの魚のあらの処理場を撤去して清潔に片付けてしまったんだ。映画が嘘だと言いたいためにね。アフリカで物を作って先進国で売っている人たちや政府は“人々は職についてハッピーだ、何も問題はない”って言う。でもそれはある意味真実でもある。僕の映画の中でも、多くの人がカメラに向かってそう言っているよね。ぬかるみで素足の人でさえ、“仕事が手に入ってうれしい”って。でも画面が映し出しているのはその言葉と正反対の現実なんだ」
日本でも、駐日タンザニア大使が映画の公開をしないよう配給元に求めたという小さな事件があったが、この低予算映画に産業界や政府が敏感になるのは無理もない。この映画を心ある人が見れば、今地球を覆い尽くしつつあるグローバリゼーションや苛烈な資本主義に疑問を抱くのが自然だからだ。この見方が広まれば、今の世界のシステムは根底から変わってしまう可能性だってある。
「お前はグローバリゼーションに反対なのかとよく聞かれるけれど、反対じゃないし、いわば気候のようなもので反対してどうにかできるものでもないと思う。ただ、グローバリゼーションも資本主義も、行き過ぎるのが問題なんだ。おいしいピザを作る人の店が繁盛するのはいいことだよ。でも、その人が保存料なんかも加えた冷凍ピザに自分の名前をつけて世界中に輸出するのは行き過ぎだと思う」
それなら、資本主義が行き過ぎないように何か法的な規制を作ったりすればいいのだろうか。
「これもよく聞かれるけど、僕は政治家でも預言者でもないから、何をすべきだと言うのは役目じゃない。僕の伝えたいことは映画を見てもらえればわかる。考え・行動するのは問題を知って変化を求めるそれぞれのみんなであるべきなんだ。ただ、無視するのは犯罪だってことは伝えたい。あとは、映画に出てくるあの人たちを“かわいそうな人”と思わないでほしい。彼らと同じ地球上で繋がっていることをイメージし、彼らの状況に責任感を持ってほしいんだ。あの子どもたちも人間なんだ。教師になりたかったり、素敵な夢を持っている。ラファエルの人なつこい表情とか、エリザベスの美しい声も受け止めてほしい」

cafeglobeユーザーへのアドバイスを求めてみた。「この問題が気になったら、たとえばファッションのことも考えてみたらどうだろう。地球のためにおしゃれができなくなるなんて思う必要はないよ。おしゃれはラグジュアリーだけじゃない。カルチャーやアートとしてのおしゃれは美しくて、これは人間らしく素敵なことだと思う。貧困国の人たちだって、きれいなビーズのネックレスをたくさんしていたり、美しい布をまとっていたりする。それこそファッションで、とても魅力的だと思うんだ」。
それにしても、あんな状況に身を置いて、どうやって平常心を保ったのか。
「働くことで保っていると言えるね。ジャーナリストでいること、アーティストでいることの役得は、表現できることなんだ。心が壊れる現実に毎日直面していても、それを誰かに伝えることができるという希望にすがれる。ほら、あなたは僕の映画を観てくれたでしょ。僕のストレスはあなたに伝染したんだ。これって、“ホット・ポテト(注:熱くて誰でも取り扱いに困ってしまう、アツアツの問題を言う英語表現)”のようなものだよね。僕は芋をみんなに配る役なんだ。もちろん芋みたいに素敵なものじゃないね。ホット・シットかな。くっせぇポテトだね(笑)」
と、ポテト(シット?)をほいっと投げてよこす真似をする。アチチチチ、じゃぁ私もみなさんに投げさせていただきます。ほいっ。
●ダーウィンの悪夢 公式サイト
渋谷シネマライズで公開中、1月6日からは梅田ガーデンシネマなど全国で順次公開。
【cafeglobeの関連コンテンツ】
●cafeglobeスタッフのデジログ日誌(2006年6月29日)
試写を見た直後の日誌があります
●知ろう! 知ってもっとみんなでハッピーに(連載)
第3回:私たちの食べものは世界につながってる
interview photos / Shiroishi Megumi (cafeglobe)