更新日:2008年5月09日



日本の中と外での温度差

カテゴリ:ロンドン  2006年4月13日

   先週のエントリーにコメントをつけてくださったみなさんありがとうございました! また時間を見つけてできるだけ個別にお返事もしていきたいと思っています。友人たちからも直接メールで感想をもらったりしたのですが、その一人も言っていましたが、見事にほとんどの方が海外在住か在住経験者というのが、このトピックの特徴そのものだなぁと思いました。

   ちょっとズレますが、日本とイギリスを行ったり来たりしていて痛感するのは、日本の中と外で情報に温度差があることが多いことです。日本はさすが1億2000万人の規模もあり、国内の日本語メディアだけでもかなり充実した世界ができあがっていて、それだけでも十分楽しめて、大抵のことは事足りてしまう。情報の自給自足が成り立っているのに、何も言葉の壁を乗り越えていく必要は少ないというのはあると思います。

   ちなみに、昨年11月にスタートした講談社の『クーリエ・ジャポン』は、ここの温度差の面白みに注目している点でちょっと面白い。とくに「外国メディアで日本はこう報道されている!」という記事が多いようです。原典はインターネットでも読める記事が多いけれど、日本語でまとめて読めるのはたしかに便利です。ときどき誘惑されます。

   さて。前回は第二次大戦というトピックでの温度差に疑問を感じたことがきっかけで、中谷孝さんという元陸軍特務機関員をしていた方の話を聞きに行ったと書きました。大勢の前、マイクを握りしめてカチカチに緊張した中谷さんは、85歳になるこれまでとくに戦争を語る活動などしてこなかったけれど、今こそ話していかなければいけないと思った、と話し始めました。最近の政治家の発言や、戦争を「かっこよかった」とする論調などは、まさに聞き覚えがある、いつか来た道だと恐ろしい思いがすると。


コチコチに緊張なさっていた中谷さん。「今の日本を動かしているのは皆戦争を知らない世代。その人たちが知ったかぶりで言うことを信じてしまう人が増えているのがとても怖い」。

   詳しくは、中谷さんのサイト「日中戦争の中の青春」の内容にほぼ重なるのでそちらをご覧ください。ただ、やっぱり南京大虐殺はあったと確信した体験、目の前で捕虜の首が切り落とされていくのを見ていた体験などは強い印象に残りました。

   中谷さんの話を聞くこの会は、神直子さんという28歳の女性が企画したものでした。神さんは元日本兵の方々のメッセージをビデオに撮り、フィリピンで上映会を行うという、地道な活動を続けています。


神直子さん。大学のスタディツアーで訪れたフィリピンで、日本人には会いたくなかったと泣く女性に会って驚き、一方で後悔の気持ちを飲み込んだまま亡くなっていく元日本兵の話を聞き、その橋渡しとなるべくビデオでのメッセージを届ける活動「Bridge for PEACE」を開始したのだそう。
神さんのブログ「フィリピンと日本をむすぶビデオメッセージ・プロジェクト」はこちら>
神さんがこの活動に至ったきっかけはこちら>

   神さんがこの活動に至ったきっかけを話してくださる中で、今回もうひとつ印象に残ったエピソードがありました。フィリピンでいろいろな人の日本兵から受けた経験や思い出を聞いている中で、日本兵がいかに残虐かということを示す逸話として、「赤ちゃんを宙に放り投げて落ちてくるところを銃剣で刺した」というものがいろいろな場所で出てきたのだそうです。誰もその場は見ていないこと、あまりにディテールまで一致していることから疑問に思い始めて確認をしたところ、それは反日本のためのプロパガンダらしいとわかったのだとか。……というところで隣にいた中谷さんが、「それは当時の中国がルーツではないか」と発言。日本兵はこんなにひどいということをわかりやすく示すため、同様のことをしている日本兵を描いたポスターを見かけたことがあるのだそうです。絵が与える疑似体験感は強いから、それが東南アジアにも流れていったのではないか、いくら当時の日本兵でもそんなことはしない、と断言されていたのが心に残っています。

   いただいたコメントにあった、そもそもあの戦争はよかったとか悪かったとか、判断することが必要なのではないというご意見は本当にそうだと思います。私たちがすべきなのは、何があったのかをできるだけ真実に近い形でつかんで、今後に同じような人災が起きないように教訓を学び取ることなんだろうと思います。もうひとつ感じるのはは、少し戦争自体とは方向性が違いますが、日本の内外の情報の温度差に敏感になり、内側なり外側なりに働きかけてその差を埋めていく作業もしなければということでしょうか。外に耳を貸さず、内側だけで連帯を強めて意固地になっていくのは避けないと……というようなことを国外にいてつらつらと考えています。

【お知らせ】
BRIDGE FOR PEACEによる、「フィリピンと日本を結ぶビデオメッセージ・プロジェクト写真展と上映・展示会」が明日4/14~23まで東京・代官山で開かれます。
●詳細はこちら>


<左>戦争について知らなくちゃ!と慌てて読んだのがこの本。タイトルの通り、あの戦争はどういう理由で起きたのか、実際の戦いはどうだったのか、どうして最後はあんなになるまでやってしまったのか、とてもわかりやすい入門書だと思います。陸軍と海軍の勢力争いなど、その人間模様はなかなか興味深く、歴史としての戦争が一大ジャンルであることを垣間見た気もします。『あの戦争は何だったのか―大人のための歴史教科書』保阪正康著 新潮選書 <右>当社の知恵袋、監査役Tが「これも読んでみれば」と貸してくれたのがこちら。戦後の大混乱を少年として体験した著者による、戦後のみじめさや異常な状態に置かれた人々の心理状態についてリアルに記録している。アフガニスタンやアフリカの最貧国などでは今もこんな目に遭っている人たちがいるんだろうなと想像……。『誰も「戦後」を覚えていない』鴨下信一著 文春新書


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記事の主旨と違っていたらすみません。
なかなか、言葉にするのは難しいのですが、思いきってコメントしてみました。

わたしがいつも思うのは、戦争とは勝った方が正義で、負けた方が悪だといわれるけれど、両方が悪だとおもうのです。でも、日本は負けたから責められているだけだ!と開き直るつもりではありません。

長い人類の歴史のなかで、たくさんの人がたくさんの人を、自分達の利益のために、殺しつづけてきました。
日本国内でも、そうだったはずです。日本人×日本人で、戦という殺しあいが、正義の名のもとに行われてきていた。
世界中でも、そうだとおもいます。誰かの富のために、ほかの誰かを殺してきたはずです。
日本人が残虐だという、中国だって、チベットで何をしているでしょうか。
(中国だって、ひどい事をしてるんだから、日本ばっかり責めるなと言いたいわけではありません。)

わたしたちは、殺りくと略奪の歴史を、世界規模でつづけてきたはずです。
世界各地のネイティブといわれる原住民の人たちを、「文明人」といわれる人たちが、未開の土地を発見したといって、虐殺をくりかえしてきたはずです。

もういちど、念をおすと、「みんなやってきたのに、どうして日本だけ責められるのか?」ということではありません。

なにごとも、あったことを無かったことにする。というのは、よくないと思います。
わたしは、戦争のことをなにも知りません。でもこれからは知りたいと思います。
過去を作りなおすことはできません。でも、未来に同じことを繰り返してはならないのです。

そして、こうしている間も、世界には「正義の名のもとに」死んでいる人がいるんですよね。

わたしは日本人としてではなく、「地球に住む人」として、自分達の利益のために、だれかを犠牲にするというやりかたを、見直したいと思います。
「地球に住む人」として、これはほんとうに正義なのかを、自分自身の心の目で見極めたいと思います。
「地球に住む人」として、一部の人の富みのために、だれかから奪うことを、「NO」といいたい。
「地球に住む人」として、地球上に「正義の名のもと」に行われる殺りくが無くなることを願うばかりです。

投稿者 yocca : 2006年04月13日 10:34

私も最近、日本や世界で起こった戦争について考えるようになりました。いったい何があったのか。自分で調べるしかないのかしら、と考えています。

きっかけは意外にも今勤務中の会社。設立当初から働いている私は既に勤務6年目。設立時の社員数は15名程度。今会社は成長し人数は40名に。3~4年前のプロジェクトでどれだけ苦労したかなんていう事実を知る社員が少数派となってしまいました。私はなんだか寂しくなりました。自分が大変な経験をしたのでそれを知ってほしいと思うようになったのです。新しい社員に同じ経験をしてほしくないから。
ちょっとまって。これって国単位でも同じ事なんじゃない。そういえば私達は今、平和が当たり前のことのように日本で生活しているけれど、実は当たり前じゃなく、前の世代が築いてきたものがあるから平和なんじゃない。そう考えると昔何が起こったのかを詳細に知りたくなりました。私達は昔の人が経験したことから学ぶべき、少なくとも何があったのかを知るべきだと思いました。

日本&海外から見た日本の温度差についてですが、私はアメリカで育ったので(現在は日本在住)12歳の時から感じていました。やっと日本でもわかってくれる人が出てきたのねという感じ。ちょっと遅い・・・?

日本に居ると、”日本は素晴らしい”という内容しか耳に入らないと思います。ある意味それは愛国心なので当然。ただ世界は広いので、井の中の蛙になる可能性があります。まあ一度日本から出ないと自国を他国の視線からは見るのは難しいと思いますが。

仕事で中国人と接する機会がありました。彼女と夕食を食べた時、南京大虐殺の話をしていました。私は日本人なのに、南京大虐殺の背景も何も知りません。非常に恥ずかしいと思いました。

アメリカでは昔、奴隷制度があり黒人の身分が下でした。凄まじい差別がありました。私はアメリカの高校の授業でMississippi Burningという映画を見ました。凄まじい映画で非常にショックでした。白人と黒人の間でどれだけ酷い差別があったのか、自国の歴史の一貫としてアメリカ人は学んでいます。

ま、アメリカ人は”広島・長崎の原爆は必要だった”と教わってるわけで、他国との歴史となると外交問題になってしまうのはわかります。

そういうことで、例えば南京大虐殺について教わらなかったら、自分で調べるしかないかなと思いました。

投稿者 Eileen : 2006年04月13日 11:42

私は昨年結婚して沖縄に移住しました。
国内だから、移住ではなく引っ越しだと来る前は思っていましたが、最近やはり移住だなと感じています。
本土とは違う沖縄の歴史。第二次大戦中、戦場となってしまったこと。そして今も、連日ニュースになっている米軍基地問題。
そして、就職活動をしているので切に感じるのですが、本土とは全くちがう労働環境。
基地がなくなれば自然は守られるかもしれません…けど、基地なしで沖縄の経済は成り立つのでしょうか?

テーマとはずいぶん離れてしまって、すみません。
ただ、日本にいても戦争に対する温度差は強烈に感じます。沖縄にいると、まさに今そこにある危機です。

先週、初泳ぎしてきました。とっても綺麗な海です。
しかし昔は戦場だったかもしれません。
それは、とても悲しいことです。
私はこの海を守りたいと思います。
とてもシンプルな望みですが、とても複雑な問題です。

戦争とか、環境とか、経済とか…
知らないことが一番怖い。知って、そして考える。
このテーマはとてもいいきっかけになりました。

投稿者 イマチ : 2006年04月13日 12:08

イギリスのお年寄りで、今だに日本人嫌いはいますよね。
「日本人は人でなし」「手に負えないサル」・・・以前、ジョン・W.ダワーの「容赦なき戦争」(太平洋戦争における人種差別」平凡社を読んで、戦争の作られ方について考えさせられました。
中谷さんも同じく、「戦争は作られるもの」と力説していましたよね。
「盧溝橋」「真珠湾」・・・
戦争の経緯はどうあろうと、日本はあの戦争に負けたのです。
問題は、残虐行為が「あった・なかった」ではなく、中谷さんの言うように「同じ道を辿らないこと」「日本を立ち直らせること」だと思います。
目をつぶって右倣えで引きずられていては、国際的な日本人の名誉回復はいつまでたっても実現されないと思います。
ただし、唯一の被爆国という誰も否定できない事実は、国際社会に対し効力を発揮すると思うのですが、この効力を日本人自身が認めていないように感じるのは、なぜでしょう?

投稿者 Vickie : 2006年04月13日 13:56

戦後60年、戦争はまだ終わってないんだ、とここ最近考えさせられることが多いです。

この青木さんのブログもその一つですが、ジャン・ユンカーマン監督の映画『日本国憲法』、ロシア人のアレクサンドル・ソクーロフ監督監督の『The Sun』(邦題は「太陽」の予定とか。クーリエに載ってましたね。まだ観ていませんが……)など。

そして、なにより私にとって衝撃的だった映画が『蟻の兵隊』です。中谷孝さんと同じく、元日本兵の奥村和一さんのドキュメンタリ映画なのですが、中国で終戦を迎えた日本兵、2600人が戦後も軍の命令で中国で残留を命じられるのです。そして、中国ではその後内戦が起きるのですが、中国の国民党と一緒に日本軍が戦っていたのです。

信じられますか?
なぜ、中国人のために日本人が戦うのか、と地元の人は不思議だったようです。
それは、日本軍が、軍を温存しておくための命令だったのです。ポツダム宣言の後、天皇の人間宣言の後も日本軍が中国で戦っていたなんて……。

奥村さんは映画の中で自分が初めて人殺しをした中国へ行き、日本軍に強姦されたという女性と話をします。そして、この事実を認めない国と戦後ずっと裁判で戦っているのです。そして、映画の中で戦争教育というものがどのようなものだったか、語っています。

映画の話ばかりになってしまいましたが、「教育」がキーワードだと思います。学校で教わらなかったことだからこそ、映画や本でまずは自分自身を教育(というと大げさですが)したいと思う今日この頃です。

そして、私も海外経験アリ&ボーイフレンドがオーストラリア人です。やはり、一度海外に出て、初めて他の国のことを考えられるようになるのかもしれませんね。

長くなってすみません。読んでいただきありがとうございました。

投稿者 : 2006年05月22日 16:24

 はじめまして。

 外と内とで情報の温度差が違う…ここ最近、つくづく感じます。時々インターネットで、英語のニュースを読むようになったからかもしれません。海外の情報の場合、日本語の新聞やらニュースでは少ないのは仕方がないといえますが、日本国内でも何か事件が起こったとき、各新聞同じような記事ばかりになるのが、さびしいところです。

投稿者 キャベツ : 2006年05月31日 00:40




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青木陽子
Cafeglobe
ファウンダー・取締役
女性誌編集者時代、自分を含めまわりの女性たちが本当に読みたい媒体がないことに気づき、1999年に現社長の矢野とともにCafeglobeを立ち上げ、6年間編集長をつとめる。現在、パートナーの暮らすロンドンと東京の二重生活を実践中。
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