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| ホワイトバンド、反論の反論 |
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Cafeglobeのnews BBSでもけっこう盛り上がっているようだけれど、以前このBlogでも取り上げたホワイトバンドに対する疑問・反感が高まっているようです。
「アフリカを初めとする世界の貧困をなくそう」というざっくりとした主旨のこのムーブメント、ちょっと変な誤解が広まると嫌だなぁと思って、とり急ぎ私なりの理解をここに書いておきたいと思います。
まず「ざっくりとした主旨」と書きましたが、このホワイトバンド、本来はHIV撲滅や保有者のサポートを表明するレッドリボンと同じで、白いリボンやテープを手首に巻いて身につけることで、「世界の貧困をなくしたいという意思表示をする」というものです。意思表示が主旨であって、どこかの組織や会社が作ったものを買うことが第一義ではありません。
もちろん、自前のリボンではすぐに汚くなってしまったりするし、白い紐状のものを探すのも面倒……というところで、売られているものを買うのは現実的な選択でしょう。日本では、いちはやくタレントを前面に出して立ち上がった「ほっとけないプロジェクト」が目だっていますが、先日のTrend Buzzでもご紹介したピープル・ツリーでも独自のホワイトバンドを売っているように(この金額には寄付が含まれています)、どこのホワイトバンドを買ってもいいのです。

ホワイトバンドを販売しているのは、ピープル・ツリーの国際援助NPO部門であるグローバル・ヴィレッジ。綿のバンドはバングラデシュからのフェアトレード。300円の価格のうち100円は、劣悪な労働環境で働かされているバングラデシュ衣料品工場労働者の支援に使われる。詳しくは●グローバル・ヴィレッジのサイトで>
寄付じゃなくても、いいのではないか
なので、今多くあがっている「寄付だと思っていたのに寄付じゃないなんてショック」という声には、「ほっとけない」のバンドを買った方であれば、残念ながら確認不足でしたねとしかいえません。あるいは「ほっとけない」の説明不足もあったかもしれません。
でも、私はこのムーブメントに関しては、寄付じゃなくてもいいんじゃない?とも思います。世界の貧困問題は、先進国が寄付やチャリティとして援助するだけではとても解決しないレベルまで巨大化しています。また、お金や物資で「支援」するだけでは現地に技術が定着せず、むしろ支援頼みの自立できない社会ができてしまうなどの弊害も見えています。
そこで、最貧国の先進国からの借金を部分的にであれ帳消しにし、返済分の浮いたお金を、病院や教育などの社会インフラ作りにあててもらい、国として自分の足で立ち上がれるように支援しよう、というのがホワイトバンドのたとえばひとつの具体的な目的です。そのためには私たちの政府を動かさなければいけない。私たちの政府は民主的に選ばれている。債務帳消しに賛同する国民が増えれば増えるほど、実現する可能性や帳消しの規模が大きくなる。じゃあ、みんなに声かけようじゃないの、というわけです。
賛同しつつ、お金の使途はきちんとチェックしよう
もうひとつの「ほっとけないプロジェクト」が胡散臭い、という声に関しては私はなんともわかりません。ただ、日本の国際協力NGOは、その現場も多少見てきていますが、少ない人数で欧米のようにプロフェッショナルも多くない中、手探り手作りでよく頑張っていると思います。企業のように広報やCRMが上手でないのは事実です。そこは少しおおめに見ていくべきだと思います。
ホワイトバンドの主旨に賛同するなら、「ほっとけない」に集まったお金がきちんと使われていくかをしっかり監視しつつ、応援してもいいと思います。たとえばあれだけの有名人やタレントさんを動員しているけれど、まさか高額な謝礼は出していないよね?とか、PR会社や制作会社への支払いが多すぎないかとか、そんなことはたしかに気になりますよね。
アフリカの貧困に日本は責任がない、という意見のウソ
あとちょっと気になるのが、「日本はアフリカの貧困に責任がないから、債務帳消しなどすべきでない」という声です。たしかに日本はアフリカを植民地支配したりしたことはありませんが、まったく責任がないというのは間違いでしょう。
たとえばごく一例として。今値段が高騰している石油です。日本などの貨幣価値の高い先進国は今先を争って石油を買っていますが、値段が上がるほど、貧しい国が買える石油は少なくなります。エネルギーを使えなければ産業は発展しようもないし、食事を作る燃料がない人々は薪拾いに追われ、子どもも駆り出され、学校に行くことができなくなります。日本の石油消費量はアメリカに次いで世界第2位です。円の強さに物を言わせ、世界の4分の1の石油を買い占めている私たちに責任はないのでしょうか?
そもそも、以前やはりこのコラムでご紹介した「世界が100人の村だったら」ではありませんが、村の中に貧しい集落があると想像してみてください。
そこの家は村のお金持ちに昔お金を借りていて、実った収穫のほとんどは返済にあてるため、いつまでたっても貧しいまま。温暖化で日照りも頻繁になってきた。子どもを学校にやれないから、子どもは大人になっても仕事につけなくて、乾いた大地を掘り返す以外できることもない。病気になっても薬も買えないからどんどん死んでいく。
一方の、村のお金持ち(日本もその一部)は、エアコンのきいた家に暮らし、人によっては大型の四駆まで乗り回している。私たちの資産の数パーセントにすぎない貸付をチャラにするくらい、してもいいのではないでしょうか? もちろん、貸付をチャラにする代わりに、そのお金でちゃんと自立できる国づくりを彼らがしてくれるか、そこをきちんと監視・支援するのがホワイトバンドが目指す、次のステップです。
追記(2005年9月27日):
日本の「ほっとけない」プロジェクトについては、プロジェクトの主体が私企業であり、バンドの売り上げ総額に対する会計報告がなされない可能性があるということですので、それであれば、たしかにバンドを買った人に対して誠実さを欠くと思います。売り上げ総額がどのように使われたのか、宣伝キャンペーンの使途・金額、制作費など、会計報告は必要だと思います。
追記2(2005年11月15日):
Cafeglobeにて、11月8日に行われた「ほっとけない」プロジェクトの記者会見報告記事をアップしました。その後の経緯をご説明していますのでぜひご覧ください。
●「Trend Buzz」No.071
すでに400万本! 話題のホワイトバンド
記者会見を聞いてきました
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(5)

編集長は、日本が強欲に世界二位もの量を買い占めてアフリカを苦しめている石油を大量に消費するエアコンの効いた住宅で快適に暮らし、日本が強欲に世界二位もの量を買い占めてアフリカを苦しめている石油を大量に消費する車を所有し、日本が強欲に世界二位もの量を買い占めてアフリカを苦しめている石油を大量に消費する石油製品を消費し、日本が強欲に世界二位もの量を買い占めてアフリカを苦しめている石油を大量に消費する電気を消費し、日本が強欲に世界二位もの量を買い占めてアフリカを苦しめている石油を大量に消費する飛行機など交通機関を利用している事に対し責任を感じていますか?
投稿者 koffelattar : 2005年09月26日 01:38
はい、非常に責任を感じています。
ふだんの電力など、できる限り消費は少なくしていますが、とくに私の場合、飛行機に乗ることが多いので、心苦しい限りです。
おおざっぱに言って、旅客機の場合、一人当たりその距離(たとえば東京-ロンドン)を小型車で走ったのと同じくらいの二酸化炭素を排出するそうです。これってすごいですよね。ぞっとします。
ご指摘の点は「あなたもいろいろ使っているんでしょ」ということだと思いますが、それはごもっとも。生きている限り何かを使って何かを出してしまいます。
あとは自分のニーズや暮らしの中でどこまで最善を尽くし、自分なりの妥協点を見つけていくか、日々どこかでココロをシクッとさせつつ、努力が続くのみだと思います。
投稿者 アオキ : 2005年09月26日 16:29
100人の村とかさかんにはやされてるけど、
100人の村なんてありえないんだよね。
単純化すればそりゃわかりやすいし、感動できるかもしれないけど、世界はそんなにわかりやすくて、単純なものじゃないのは馬鹿でもわかる。
その一例として、ナイジェリアだ。
この前のパリクラブで180億ドルとみられる債務救済の交渉に入るって発表されたけど、ナイジェリアって人口もアフリカ最大で、原油生産量もアフリカ最大。最近の原油高でもそうとう儲けてると思うんだけどね。それでも貧困を抜け出せないってことは国内内部に非常に根深い問題があるって考えるのが当然じゃない?
逆に日本からは石油は出ないんだよね。
よほど日本の方が大変だと思うけど?
投稿者 Radical : 2005年09月27日 05:59
まさに、私が最後に書いた次のステップというのがRadicalさんのご指摘の部分です。ナイジェリアに関しては、確かに原油の輸出量は多い(世界第6位)ものの、国民の3分の2は1日1ドル以下で暮らす再貧困層です。いわゆる米欧の石油メジャーが採掘権を持っていてごっそり利益を持ち去る、もちろん政権や行政との癒着などもあって、お金が国づくりにまったく落ちていかない構造になっている。ここに手をつけずに債務帳消しすることはありえないと思います。
だからこそ、いかに世界中の多くの人々の関心をここに引き付け、レベルの低い政府や企業にプレッシャーをかけていくか、それもホワイトバンドの狙うところだと思っています。
投稿者 アオキ : 2005年09月28日 03:38
【今多くあがっている「寄付だと思っていたのに寄付じゃないなんてショック」という声には、「ほっとけない」のバンドを買った方であれば、残念ながら確認不足でしたねとしかいえません。】
とのことですが、
【日本でも「ほっとけない 世界のまずしさ」というNPOが共同設立したキャンペーンサイトでチャリティ販売が始まっています。あなたもこれを手首に、世界の変化に注目してみませんか。】
と、以前の記事に書いてらっしゃいます。
製造・販売・流通が全て利益を確保した上、残りの売上も一切寄付しないのは、「チャリティ販売」ではないのでは?
普通「チャリティ販売」といったら、全額寄付か、必要経費を除いた売上を寄付か、だとおもうのですが・・・
日本版ホワイトバンドの購入を薦めておいて、ネット上で皆が、そのうさんくささに気づきだすと、「購入は自己責任」ですか。
青木様の記事を見て、ホワイトバンドを購入した方もいるかも知れないのに、それはないんじゃないでしょうか。
ちなみに、わたしは購入しておりません。
参加有名人とえせNGO(少なくとも日本のはそうでしょう)の金稼ぎイベントにしかみえないからです。そんなお金があるなら、地元でビックイシューを買います。確実に販売員(全員ホームレスの人達)へお金が届きますから。
投稿者 kou : 2005年09月29日 19:38
ホワイトバンドに関しては、債務免除をすることが、本当にアフリカにとっていいことなのかを含めて、いろいろあると思います。
でも、「世界で3秒に1人、貧困で死んでいく人たちがいる」ということを、このキャンペーンで初めて知った人達も結構いるのではないでしょうか。私は、それで十分だと思います。
確かに、「実際にお金が現地に行かないのに」と眉をひそめる人もいるのかもしれませんが、お金を与えるだけの援助は焼け石に水、というのが、現状だと思うので、いわゆるアドボカシー型の新しい援助だと捉えることもできるでしょう。
そういった意味で、お金の流れをはっきりして欲しい、というご意見には私も賛成です。
ここに書き込みをしているような、意識の高い人たちが、世界中にいれば、このようなキャンペーンは必要ないと思うのですが、「みんな付けてるから買ってみて、それで現実を知って、ちょっと世の中の見方が変わった」という人が徐々に増えて行くことは、悪いことだとは思いません。
そういう人たちが、この国のほとんどで、そして、世界の片隅の事など考える暇もなく、みな自分の生活を懸命に維持しようとして、社会生活を送っており、その上で、投票権を持っていることを考えると「こういうこともありますよ」と知らせるのは、大きな前進なのではないでしょうか。
国際協力も、お金のかかる一種の事業なわけで、
現実をみんなに知らせようとしたら、それは、正直、企業が広告を打つのと同じだと思います。
日本の世銀や国連事務所には、ミレニアム開発目標達成に向けて、と題して「世界が100人の村だったなら」と同種の内容のパンフレットが、以前からたくさん置いてありますが、特別関心のある人でなければ、わざわざ、あの手のパンフレットを手に取る人はいないでしょう。
従って、若者受けしそうな人たちを全面に出して、おしゃれな感じにすることも、戦略の一つと取ればいいのではないでしょうか。
本当は、世界の貧困、という現実は、日本政府やマスコミがもっとアナウンスすべきなのに、日本国内がそれどころではないということも手伝って、NGOや、民間のPR会社がやっている、というように、捉えることもできると思います。
長文失礼しました。
投稿者 mm : 2005年09月29日 20:39
投稿者 アオキ : 2005年09月30日 00:12
mmさま
おっしゃる通りだと思います。「ほっとけない」に関しては、会計報告がどうされるのか(されないのか)注目していこうと思いますが、あれだけの有名人を動員したことによる反響の大きさはさすが目覚しいものはありますね。正攻法では、あのOxfamでさえ日本ではなかなか知名度が広がらない状況ですから。
また、反戦デモのときなどにも思いましたが、こういった社会的なメッセージを広めるために、手段としておしゃれにしたり「楽しもう」と言ったりすると、「不謹慎だ」「人が死んでいるのに」といった違和感を持たれやすいことも、今の日本の社会の特徴だなぁと思います。早くこの過渡期を乗り越えて(乗り越えつつあると思いますが)、意見が活発に、気楽に飛び交う社会が来るといいなぁ、……と今日もまずはCafeglobe作りにいそしみます。ご意見ありがとうございました!
投稿者 アオキ : 2005年09月30日 00:24
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青木様、ご返答ありがとうございます。
【チャリティという言葉ですが、辞書にもあるように、charityの意味は「思いやり」「慈善行為」から狭義の「義捐金」まで広い意味があります。】
そうですね、確かに英語辞典で英単語として、検索すればそうなるでしょう。
・・・企業が行う「思いやり」販売ってどんなのでしょうか。(「慈善」販売だったら、アフリカへの援助がないのはおかしいですね)
「チャリティ販売」といえば、寄付を伴う売買行為だと思ってました。その為、昨日の書き込みをしたのですが・・・。
私の感覚が世間とズレてるかもしれないので、確認してみました。
「チャリティ」をWeb国語辞書で検索
※「国語」はもちろん日本国語ですw
↓
【収益を社会事業や救済運動に寄付する目的で行う、各種の事業や催し。慈善。】
「チャリティ」をgoogleで検索
↓
「寄付・義捐金・援助・慈善・チャリティ(日本語の意味での)」の趣旨のサイトがヒット
・・・良かった、見当違いのこと言ってなくて。
広義で和製英語といってもいいんじゃないかしら。
となると、青木様の記事はどちらになるのでしょうか。
1.青木様は「チャリティ」を【英単語】の意味で、記事にした。
↓
英語版「チャリティ販売」って、どんな売買行為をさすのでしょうか。
お手数をお掛けしますが、分らないので教えて頂けませんか。(調べたのですが、寄付行為~のしか見つからないのです)
2.青木様は「チャリティ」を【日本語】の意味で、記事にした。
↓
日本語版ホワイトバンドは、寄付目的ではない為、捏造記事となります。また「購入は自己責任」の趣旨の記事は書いてはいけないのでは。
最後に
【チャリティだからお金の寄付とは限らないと思います。】
そうですね、だったら日本国は寄付(債務取消)はせずに、ほかのチャリティ(英単語の意味でのw)を考えるべきでしょう。
日本は収支でいえば、赤字国家です。資産もあるけど、それを超える借金がある。
しかも日本自身の借金は、多くが諸外国ではなく私達国民が背負っています。
資産が潤ってるなら、増税や年金減額で大騒ぎはしてないでしょう。
アフリカに対しての責任があろうがなかろうが、無い袖は振れません。
返済してもらわないと、日本が貧困国の仲間入りに、また一歩近づいてしまいます。
「自分だけ良ければいいのか」と云われるでしょうが、「自分だけ」じゃないです、「先ず自分」です。
おしゃれに楽しんで、国内に食べられない人達を増やすおつもりですか。
はい、長文失礼しました。
投稿者 kou : 2005年09月30日 12:48
・・・レスなしですか。
「質問には回答を」って、基本だと思うのですが。
ロンドン在住で英語の堪能な青木様、英単語での「チャリティ販売」って、どんな行為ですか?
コンテンツは、英単語or日本語、どちらの「チャリティ販売」の意味で書かれているのでしょうか?
(それによって、文章の内容が全く変わります)
理解力不足で物知らずのkouに教えてください、とお願いしただけなのですが。
討論になるから2回目からのコメントには、レスをつけない?
(きっちりした回答であれば、討論になんてなりようがありませんよね)
それとも、
さらに墓穴を掘る為、レスができない?
(初めのレスで、むりやりビックイシューの宣伝に持っていったところが泣かせます)
どちらでしょうw
・・・削除しないだけ、ましですかな。
投稿者 kou : 2005年10月14日 19:14
訂正です。
【(初めのレスで、むりやりビックイシューの宣伝に持っていったところが泣かせます)】
↓
【(初めのレスで、むりやりビックイシューとのタイアップの宣伝に持っていったところが泣かせます)】
すいません、間違えちゃいました。
文章はきっちり書かないといけませんものねw
お茶を濁そうとしてはいけませんwww
投稿者 kou : 2005年10月14日 19:19
確かに、アオキさんの発言は「逃げ」っぽいですね。
正面から答えればいいのに。
いちおう編集長、取締役という立場なのですから。
投稿者 ふぅん : 2005年10月15日 12:40
私も青木さんがコメントに対して、
どう答えるか注目していたのに
がっかりです。
自分の意見に突っ込まれた時に、
ちゃんと受け答えが出来るようになってください。
それが間違っていても、あっていても、
答える、というのが礼儀ではないでしょうか。
…じゃないと、今後何を提案しても、
皆耳を貸しませんよ。
投稿者 Hackney : 2005年10月16日 12:55
kouさま
「charity」の意味ですが、
先の返信にも書きましたように、
「チャリティという言葉ですが、辞書にもあるように、charityの意味は“思いやり”“慈善行為”から狭義の“義捐金”まで広い意味があります。チャリティだからお金の寄付とは限らないと思います。」
と考えております。お金の授受がない慈善行為も含まれると思っています。これが私からのお返事です。英単語の解釈に対しての議論を続けるつもりはございません。
「アフリカに対しての責任があろうがなかろうが、無い袖は振れません。返済してもらわないと、日本が貧困国の仲間入りに、また一歩近づいてしまいます。
自分だけ良ければいいのか」と云われるでしょうが、「自分だけ」じゃないです、「先ず自分」です。おしゃれに楽しんで、国内に食べられない人達を増やすおつもりですか。」
というところですが、これはkouさまのご意見として拝聴いたしました。私からはとくにそれに対する意見はございません。
投稿者 アオキ : 2005年10月18日 23:28
>あとは自分のニーズや暮らしの中でどこまで最善を尽くし、自分なりの妥協点を見つけていくか、日々どこかでココロをシクッとさせつつ、努力が続くのみだと思います。
「自分なりの妥協点を見つけ」は全くの詭弁に感じます。例えば「自分は忙しい人間だから石油を大量に消費する飛行機を利用してもしょうがないでしょ」という逃げ道を作っているように感じます。
投稿者 borracha : 2005年10月31日 12:41
皆さんいい加減にしてください。
青木さんのような発言する人の足を引っ張って何をしたいんですか。
読んでいて辟易してきました。
環境を破壊したいんですか、皆さんは?
投稿者 sailing : 2005年11月01日 08:46
√自分なりの折り合いをみつけるのってそんなに簡単なことじゃないだろうし、逃げじゃないと思いますよ〆
投稿者 バカヤマびと : 2005年11月02日 19:47
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アオキ様:
新年早々、このホワイトバンドに関する一連のコメントを読んで、びっくりしました…。様々な批判や質問に丁寧に答えていたアオキさん、すごいですね(^_^;)。最近はコメントも途絶えているようだし、ちょっと時期外れですが、ただ正直な感想を伝えたくて、書きます。
ホワイトバンドの収益が寄付には使われないことには少し違和感を感じますが、決して間違った目的のために費やされているわけではありません。「胡散臭い」と言っている方々、善意で新しいことを始め模索している人たちに、そこまで完璧な結果や説明を求める必要はないのではないでしょうか。ここまで言われると恐くて何もできなくなってしまいます。指摘するだけではなく、ではどうしたら問題が解決できるか、提案して欲しいものです。
昔、ロンドンで貧困撲滅の大規模なキャンペーンがあり何億円という寄付がアフリカに送られたものの、一週間でなくなってしまったそうです。一時的な寄付だけでは根本的な問題は解決できない、政策や社会のあり方から変えなければ・・・という反省から生まれたのが、この世界的な「ホワイトバンドキャンペーン」なのだと、日本のホワイトバンドの活動を手伝ったことがある友人から聞きました。例えば温暖化にしても、世論が高まり政府が動くことで地球規模での取り組みがようやく成されていますが、貧困の問題もまずは意識の改革から、という結論に、世界が辿り着いたのだと思います。もちろん寄付も並行して行うべきだと思いますが、このキャンペーンの目的はあくまで啓蒙、ということです。
日本は特にキャンペーンが大きく成功した国のようで、宣伝や口コミの効果もあり、関係者の予想をはるかに上回る売上が出たのでしょう。ここまで売上が出てしまった以上はそのお金をどう使うか、もう一度議論が成されているようなので、キャンペーンの次のアクションに期待します。
どうせ啓蒙に専念するならもっとわかりやすくアピールすれば?とか、テレビのCMも芸能人出すだけじゃなくて何が問題なのか説明すればいいのに、などと私は思ってしまうのですが、営利団体ではなくこういったことに慣れていないので、そのへんが下手なのでしょう。そもそも貧困がどうすれば解決できるかという答えも、問題が複雑で根が深すぎてわかりにくい。長い歴史の中で何層にもわたって積み重ねられてきたものを、外側からコンコンと打ち砕いていくような感じでしょうか。キャンペーンの当事者自身も、何から手をつけていいかわからない所があるのでは?すべてにおいて発展途上の運動なのだと思います。温かく見守りたいとは思いますが、たしかに、もう少し工夫をこらして頑張ってほしいものです。
しかし、「無い袖は振れません」などと言って一蹴するのは恥ずべき行為だと、私は思います。(仕事でもそうですよね。私にはできない、うちの部署の問題じゃない、といって解決方法考えない人!自分を変えましょう!)私だって年金も心配だしお金にゆとりはありませんが、この問題は考えていかなければならない。
実は12月にホワイトバンド主催のイベント
http://hottokenai.jp/act/05.html
に軽い気持ちで参加したのですが、そこで自分の知らないことの多さと問題の深さに、うちのめされました(少しは勉強して行ったつもりだったのに・・・)。そして参加者や主催者の方々の熱意と真剣なまなざしにも。ひさびさに、こんな素晴らしい人が日本にはまだたくさんいたか~と嬉しくなるような。決してうさんくさい団体ではありません。超まともです。
貧困問題を真剣に考えている人に対しての「お前だって飛行機に乗っているだろう」というヘンな指摘はただのあげ足取りにすぎないし、本末転倒です。いきすぎた完ぺき主義でつきつめていけば今の日本人はまともに暮らすことすらできないでしょうが、そんなこと言ってたら何も変えられません。何が一番大切か、まず何からやるべきか、問題を見極める眼を養うためには、まず知らなければ。そう思い、まずは自分の無知を埋めるために少しずつ問題について知り、勉強しているところです。
大切なのは、この運動を終わらせないこと、ですよね?
投稿者 おそまつくん : 2006年01月11日 14:25
おそまつくんさんの「ここまで言われると恐くて何もできなくなってしまいます。指摘するだけではなく、ではどうしたら問題が解決できるか、提案して欲しいものです」という意見に深く同意します。
ホワイトバンドの話からは外れますが、日本にいて思うのは、何かモットーを掲げて活動すること自体に対して嫌悪感を覚える人が多いようだということです。
だいぶ前の、アメリカによるイラク攻撃の直前に日本でも反戦デモが一時盛り上がりましたが、そのときにデモへの批判の声の中に「私だって戦争は反対なんだから!」というものがあって驚いたのを覚えています。「私だって(みんなだって)戦争は嫌なんだから、取り立てて騒ぐな」とか「私だって反対なのに、そうやってデモをされると参加していない私が戦争に賛成みたいに見えちゃうじゃないか」というところなのかな? と思ったのですが、深いところには、社会的なアクションを起す人たちへの漠然とした不快感があるのではないかなと。
小学校高学年の頃、先生が「この答え、分かる人はいるかな?」と聞いたとき、みんなわかっているのに率先して手を挙げなかったり、学級会で付和雷同に「シーン!」と言ったりしていた、あの光景を思い出したりもします。
今回のホワイトバンドへの猛烈なブーイングも、同じところに鬱屈したマグマがあるのではないかな……と思うのはうがちすぎでしょうか。
怖いのは、行動する人が叩かれる、声を上げる人が嫌がらせにあう、そんな風潮が普通のことになれば、誰も行動しない社会になっていってしまうことです。
誰かが言っている意見に反対であれば、反対の声を上げて議論を戦わせるべきです。ホワイトバンドに反対だけれど貧困を解決したいなら寄付運動なりを起すべきだし、途上国援助に反対ならそういう趣旨の意識を広げるアドボカシー運動をするのが筋でしょう。
「大切なのは、この運動を終わらせないこと、ですよね?」
その通りだと思います。反論・正当な批判・代案には真摯に向き合い、低俗な嫌がらせなら惑わされず、続けていくことだと思います。
投稿者 アオキ : 2006年01月19日 00:30

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