50名以上の犠牲者を出した7月7日のロンドンのテロを「デジログ日誌」で短く報告した後、以前からの予定通り東京に戻ってきました。その後、例の21日の未遂に終わったテロがあり、無実のブラジル人の射殺事件があり、7月29日現在、未遂テロの実行犯1人が逮捕され、彼らを指揮した主犯とされる容疑者がザンビアで拘束されたという報道がされています。
日本でもよく報道されているこの事件なので、細かいことは省いて、私の印象に残った、テロに対するイギリス社会や人々の様子、言わずもがな次の標的かもしれない日本の社会が学べることなどを考えてみます。長くなるので今回はその1。
さすが肝が据わっていたイギリス人
まず、どうしても外国のことなので漠然としか想像できないものですが、東京だったら、山手線の新橋駅と銀座線の赤坂駅、九段下駅、そして六本木あたりでバスが爆発……たとえばそんな状況を想像してみてください。ブラジル人青年が誤認射殺されたのは、誤解を恐れずに敢えて言えば新大久保駅でしょうか。
その7日のテロの直後、へぇぇと感心したのは、人々の打たれ強さ、というか肝の据わり具合でした。80~90年代に続いたIRA(北アイルランド独立を訴える組織)による爆弾テロで鍛えられたのか(※)、ナチス・ドイツの空爆に耐えて打ち勝ったという誇りなのか、「暴力なんかで我々がビビッて態度を変えるとでも思うのか」「さぁ、いつもの生活を続けよう」ということを人々がいろいろな言葉で繰り返していました。同時に、イスラム社会やムスリムとの亀裂が起きないように「これは宗教対立ではない」「ほぼすべてのムスリムは平和を願っている」というメッセージも繰り返されました。
もっともこれには、911直後に逆上してしまったアメリカ人に対して「手本を見せてやる」という、「アメリカの兄貴分イギリス(と自覚している)」ならではの意識も少なからずあったのかも。また、かなり意気軒昂だったロンドナーたちも、21日の未遂事件が幸い不発だっただけで、同規模の被害になっていた可能性があったと知ってからは、やはり暗い表情になってきているとか。

最も古い区間はビクトリア時代(100年前)に建設されたという、世界一古いTube(地下鉄)。しょっちゅう故障して止まるため、今回のテロが第一報では電圧異常による爆発と伝えられたことから、しばらくはみんな「またかよー」とウンザリしていた。
被害者や遺族を追いかける報道はない
報道のあり方で日本とはだいぶ違うと思ったのは、爆発で犠牲になった方の伝え方。こういったテロに限らず、イギリスの警察や行政は、事件や事故が起きたとき死者や負傷者の名前はすぐには公表しません。遺族などに確認をとり、了解をとった上でやっと順次発表されていく感じです。ましてや、憔悴しきった遺族を追いかけて撮影したり、葬儀場の外から実況中継したりするようなことは一切なし。スキャンダル大好きなタブロイド紙でさえそれはしません。
一方で、遺族や行方不明者のパートナーなどが驚くほど毅然とした態度で取材に応え、犯罪を糾弾するアピールを読み上げたりする姿はよく見かけます。今回は、爆破されたバスを運転していた男性も、自爆したとされる犯人の親も、堂々とアピールを発表していました。日本なら、犯人の親の生活や人格に欠陥があるのではと詮索するような報道もありそうなものだけれど、それもないようです。
ふだんから、カメラやマイクを向けられたときに自分の意見をはっきり言うことが得意なイギリス人。日本の社会がよくも悪くも「共感」などのファジーな感情で成り立っているのに対し、イギリスの社会は言葉を積み上げて作られているんだ、ということを意識させられる瞬間です。(つづく)

ロンドンの旅行代理店に勤める友人によると、テロ後に日本人旅行客のキャンセルが相次ぐ……というほどにはなっていないとか。でも今後もテロの可能性が高いことが明らかになってきているので、長期的にはロンドンの大切な収入源の観光へのダメージは避けられそうにない。
※昨日の7月28日、IRAは今後は一切武力に訴えないこと、平和的な政治活動で活動していくことを発表しました。累計数千人ともいわれる犠牲者を出した、武力紛争がいちおう終結することになります。