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バスク地方について
2008年8月12日
8月も中盤、夏真っ盛りですね。ヴァカンスシーズンは今が最高潮。バスクが1年のうちで最も人で溢れかえる時期です。
この時期、海方面へ向かう国道は激しい渋滞が当たり前。サーフボードを積んだ車が多いのも、この季節ならではの光景です。山側への抜け道ルートを使わなければ、海岸に辿り着くまでに数時間かかってしまうこともザラです。
さて今回ご覧いただいたフォトはバスクを上空から撮影したもの。昨年の夏にライセンスを持っている友人に小型飛行機に乗せてもらいました。道路や建物、砂浜がビーチパラソルで埋め尽くされている様子、そして我が家も……! 馴染みの町々がミニチュアで見渡せて爽快でした。

海岸に沿ってびっしりと密度が濃い「海バスク」。赤屋根と白壁で統一されていることがよく分かります。

一面グリーンの世界に、村の集落が散在している「山バスク」。一気にひんやり静かな趣きに変わります。
これを見ていただければ、私が「海バスク」「山バスク」という造語を勝手につくってしまった気持ちをお分かりになっていただけるかも? バスクという地方は海サイドと山サイドとで、同じ地方とは思えぬほど人口密度や雰囲気、ヴァカンス指数が違うのです。

小型飛行機に乗ったのは初めて。車の揺れには弱いクセに飛行機の揺れは大好き(?)なので、楽しかった!
小型飛行機といえば、昨年ローカル誌や経済雑誌などでも話題にのぼったエピソードがあります。フランスの某億万長者が「バスクに別荘を買おう!」と決断。そのために彼が取った行動が、「上空からの物件探し」でした。
欲しい家を探す。そこに人が住んでいようといまいと構いっこなし。バスクの上空を飛びまわった結果、遂にお眼鏡にかなうヴィラを発見。その素敵なヴィラには当然ながら住人がいて、もちろん最初は断ったそうなのですが……。彼の執拗な(?)アプローチに、遂に売り渡したそうです。多分、糸目をつけない金額をオファーされたのでしょうね。
バスクの海辺の町には必ず1軒や2軒、海を見渡す高台や崖っぷちの上に迫力満点のお屋敷がそびえ立っています。「どんな人が住んでいるのかしら……インテリアは? 住み心地はどんなだろう?」と思わず空想の世界に入り込こんでしまうようなヴィラばかりです。
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2008年7月15日
街がすっかり夏モードに入りました。バスクのそれぞれの町や村がお祭りやイベント、そしてヴァカンスシーズン本番に向けて色めきたってくる頃です。
町の中は、バスクのテーマ色である赤・白・緑でいっぱい。陽射しを浴びてトライアングルの旗が白壁にひらひらと影を写し出す様子は、夏のバスク特有の光景です。
5、6年前と比べてみても、バスクの夏のヴァカンス人口は明らかに増えてます。直行便の増加にによって欧州各国からの人たちも増えているとは言え、ヴァカンス客の大半を占めているのはフランスの人たち。フランス国内でも、バスク地方は今静かなブームなのです。

有名な「バイヨンヌ祭り」ももうすぐ。
その証拠に、フランス国内のガイドブックに異変が起きてる! 以前は、「フランス南西部アキテンヌ地方の中の一部分、バスク」という扱いでした。ところがここ1、2年で続々と「ペイ・バスク」単独のガイドブックが発刊されるように。日本でいったら、九州の一県に過ぎなかった宮崎県がにわかにクローズアップされている現象に似ているかも?
そして、夏になると各料理雑誌で「バスク料理特集」記事が組まれるようになったのも、ここ数年の興味深い現象。紹介されるのは、海の幸料理、生ハムやとうがらしを使ったお料理、チョコレートにガトーバスク、と毎度ながら紋切り型の内容ではあるのですが……。

バイヨンヌのニーヴ川沿いのビストロ。夏のかきいれ時を前にして、テーブルや椅子を新調するお店も多し。とにかく赤が多い!
そういえば以前、散歩中に料理雑誌の撮影現場に出くわしたことがあります。ロケ場所はビアリッツの漁港、防波堤をバックにして砂浜にバスク織りのクロスがスタイリングされてました。撮影していたお料理は「ヤリイカと赤ピーマンのア・ラ・プランチャ」。
スタイリストらしき女性とフォトグラファーの男性がああでもないこうでもないと言いながら撮影している様子は、見ていてかなり楽しいものがありました。。もちろん、私以外にも野次馬がたくさん。その後数ヶ月、某有名雑誌の中にあのときのカットを発見したときは、思わずニンマリしてしまいました(もちろん雑誌も買いました)!
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バスク地方について
2008年4月01日
バスクはフランス~スペインにまたがる地方。住んでいる者にとっても旅で訪れる人にとっても、ふたつの国を行き来できるのはたまらない魅力。自分たちが大好きだからという理由も大きいけど、ゲスト達とも必ず一度はスペイン側を訪れてます。
長らくお届けしてきた「バスク6days」の過ごし方、最終日はスペインへ!
5ejour 1300 パンプローナ散策
パンプローナは夏の“牛追い祭り”でつとに有名な町。そんな獰猛な(?)イメージとはうらはらに、普段の町の姿はとっても穏やかな空気が流れる素敵な町です。
街の建造物を見学したり、カフェに入ったり、小さなお店を覗いたり……。昔ながらの金物道具屋さん、家庭雑貨用品店、写真館など、まだまだ古き良き時代の雰囲気が漂う商店が残っているところが良い感じ。束の間の“ガイコク気分”を堪能できます。

パンプローナのレトロで優雅なカフェにて。今回のステイ中に婚約報告をしてくれたニコラとマリナ、私にとっても最高に喜ばしいニュース。ふたりともおシゴトは官僚です。頭よくって地に足ついた、でもユーモアと茶目っ気もたっぷり持ち合わせてる素敵なカップルです!
1600 サンセバスチャンへ
この街の魅力については既にトウトウと語ってしまってるので今更特筆することもないのですが……。(サンセバスチャンのお話は、こちらの過去記事をどうぞ>>)とりあえず、食道楽に溺れたいなら絶対に外してはいけない街! 楽しいバル巡りのピンチョス、豪快なバスク料理、数多の星つきレストランが手招きして待ってます。
でも最近ふと気がついたことがあるんです、この街の食に100%適当できてるガイコク人って実は日本人くらいなのではないかと(極たまにいらっしゃる、胃腸が弱くてオリーブ油に反応してしまう人は論外ですが……)。日本人の食材適応範囲、味付け適応力でもってしたら、この街で口に出来ないものはほとんどないはず。
たとえば今回のゲストのマリナは、アルプス山脈の麓に広がるサヴォア地方出身。お皿の上に横たわる“タコ”の姿を目にしたのは、今回が生まれて初めての経験だったのです!聞いた私も驚いたけど、彼女にとってタコは“海の生き物図鑑”くらいでしか見たことなかった生物だったというわけ。

サンセバスチャンでよく通ってるレストラン、『ボデゴン・アレハンドロ』へ。前菜の“ラングスティーヌ海老のリゾット”、おみその濃厚な味がコメの芯まで染み込んでて美味! マリナはこういうのもちょっとダメみたい。
さて最後に大事なアドバイスをひとつ。スペイン側バスクへ行く際、パスポート携帯をお忘れなきよう! 同じ地方だしフラっと気軽に行けるものだから、つい忘れがちなんです。私自身ここのところすっかり油断して“不法入国常習犯”だったので、自戒の念も込めて書いてます。
ほとんどの場合ノーチェックですが、国境以外でも提示を求められる可能性だってあるし、いざって時に不所持の場合「不法入国者」として逮捕されてしまいます。これはスペインバスクからフレンチバスクに遊びに来る場合も同様です(いえ、サルコジ政権の今はもっと大切かも)。
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2008年2月26日
「バスク6daysの過ごし方」。
3e jour 9h00 バイヨンヌの朝市へでかける
ゲスト滞在中にマルシェの日がぶつかると、「一緒にどう?」と誘ってみることにしてます。いわば、参加自由型のオプショナルツアー。朝がよっぽど苦手な人か、食べることへの興味が薄めな人(滅多にいないけど)以外は、皆さん大喜びで来てくれます。
今回みたいにフランス人の友人と行くと、自分たちの町のマルシェとの比較感想などを教えてもらえて面白い。スーパーと違って朝市の品揃えや値段などは地方によってかなり違うので、しばし主婦談義で盛り上がったりするわけです。
ロワール地方に住むニコラとマリナは、「うちの地方は葱っていえばポワローだけど、バスクは葱の種類がすごく多いっ。しかも安いねぇ」と、驚いてました。なるほど言われてみればバスクは葱の種類が豊富。私は西洋料理、日本料理、中華料理用にと葱を数種類使い分け出来てるほどです。
買い物途中なにやらニコラとマリナが騒ぎ始めたかと思ったら、隣で野菜を選んでた男性が超有名なテレビ司会者だったそう。私はフランスのテレビにはかなり疎いので、分からなかった……。
15:00 昼食後、バイヨンヌ散策へ
とりあえずバイヨンヌの町へ散歩にでかける。これもゲストがあったときのお決まりごと。

本屋さん、古本屋さん、ショコラティエ、パン屋さん、オーガニックスーパーなど。商店が並ぶ「エスパーニュ通り」。
どんな町だって「住めば日常」になるように、今の私にとってもバイヨンヌはごく日常のごく見慣れた町。遠くからやってきた人から見れば非日常な風景も、私の目にはもはや毎日の風景です。
だからご案内するといっても、特別に何かを見せるとか観光ガイド的なことを説明するなんて気の利いたことは一切してません。ただテクテクと町全体を歩いてまわるだけ。もちろん途中で目ぼしいオミヤゲ候補などを提案することは忘れませんが。

2人に会う度にバイヨンヌ・チョコレートを贈っていたせいか、彼らもすっかりここのショコラのファンになってくれた模様。「どの種類の板チョコを何枚買っていくか」を2人で一生懸命相談している様子が微笑ましかったです。
それでもバイヨンヌという町はフランス人にも日本人にもとても評判がいいんです。それぞれの人がそれぞれの感性や視点でバイヨンヌの町の良さを見つけていってくれるので、案内役としてもラクなので助かります。
「川が流れてる町っていいよね」って言う人、「生活感が漂ってて、住み心地よさそうな町だね」という人。そしてみんな最後に「いい町だよね」って言ってもらえます。多分、お世辞じゃないと思う……(と思いたい)!

他の町へはすべて車移動が基本だけど、バイヨンヌへは徒歩でいけるのも気持ち良い。冬の暖かな日光を浴びながら、ニーヴ川沿いに歩いていける最高のお散歩コース。
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2008年2月12日
うちは遠方からの泊りがけゲストの多い家。今まで一体何人のゲスト達を迎えたことでしょう……。週ごとに入れ替わり立ち代わりで来客が続いて、「シャンブル・ドット(民宿)」状態の年もあったほど。
以前、日本の友人(シゴトのできる女、そして人のシゴトもコンサルできる女!)が遊びに来てくれたとき、「私はこうして案内してもらってるからラッキーだけど。『バスクの砂糖壷』に過ごし方のモデルプランみたいなのを載せたらいいんじゃない?」というアドバイスをもらったことがありました。
「うーん、なるほどね」と思いつつ、なかなか実行できるチャンスがなかったのですが……先日ニコラ&マリナが遊びに来たときのプランがとっても充実していたナ、と自画自賛中なところなのでサンプル起用してみることにしました!
そんなわけで、これから数回にわたり「バスク6daysの過ごし方」を抜粋してご紹介していきます。プライベート観光なのでちょっと日記風。そして行動プランはかなりゆったりめです。もちろん、ところどころに“おいしい話題”を織り込むつもり!お楽しみに。
2e jour
11h00 ゆっくりブランチでスタート
前夜遅くのTGV到着だったので、旅の疲れをゆっくり癒してもらうことが一番のおもてなし。これは日本から飛行機で到着のゲストならなおさら。たっぷり休んでもらった後、朝・昼食兼用のブランチでスタートするのがお決まりです。
その後はお客様到着日のイベント(!)“おみやげタイム”。皆さん腕によりをかけた珍品美味を持ってきてくれるので、嬉しい限り。地元オルレアンでレストランから買い付けたというフォアグラ、リヨンのソーセージ、そしてサヴォアのフロマージュ2種。前の週にリヨン、サヴォア方面に旅行していたということで、まるで“フランス物産展”土産みたい。いただくのが楽しみ!
15h00 ビアリッツ散策へ

冬の快晴の日の海岸。散歩をするなら、高台の方からスタートしてこの景色を眺めながら海岸に下りていく散歩コースがオススメ。
青空がとても美しい日だったので、ビアリッツへ海を見にいく。冬の太陽に誘われるように、そぞろ歩きをしている人たちがとても多い。こんなに寒い日でも太陽が出ていると、カフェのテラス席はどこも満席。みんなコートの襟をたてながらコーヒーを飲んでいる。寒がりの私には耐えられないので、『サロン・ド・テ』へ。

「こんな高い波を見るのは生まれて初めて!」と、海のない地方からやってきた2人は大ハシャギ。この日は、うまく波に乗れてるサーファーを一人も見ることが出来なかったほどでした。
つづく
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2008年1月08日
遅ればせながら、あけましておめでとうございます。バスク発のおいしい話題&お菓子や料理のこと……今年もたくさんお届けできたらないいなと思ってます。ご愛読のほど、どうぞよろしくお願いします!

今年も日本からのビジターの方々が増えそうな予感!?
新年初回はプラクティカル情報から。今年、日本から訪バスクをお考え中の方は必見です!
フレンチバスクの空の玄関である『ビアリッツ空港』。年末年始にかけて、フライト事情がガラリと変わりました。バイヨンヌ自宅出発→ビアリッツ・パリ便→空港で5時間の待ち時間→パリ・成田便→リムジンバス……と、door to doorでほぼ24時間かけて里帰りする身にとっても多いなる関心事です。
今までエアーフランス社の独占市場でありましたが、昨年末でもってパリ・シャルル・ド・ゴール空港(以下CDG)~ビアリッツ便は全便運行停止となりました。これによって、同社によるパリ便はオルリー空港のみの発着となってます。
エアーフランスに代わって、CDG~ビアリッツ便の運行をスタートする航空会社は『easyJet』社。ヨーロッパ在住の方またはヨーロッパ移動をよくされる方なら、利用したことはなくてもその名に聞き覚えはあるハズ。欧州内ローコスト航空会社として、『Ryan Air』に次ぐポジションを占めているエアラインです(それにしても、easyJetとエアーフランスの間で何かしらの事前合意があったのだろうな、としか思えない展開)。
easyJetの運行開始は2月の予定です。試しに4月あたりのフライトをチェックしてみたところ、片道運賃は30~40ユーロ(税・空港チャージ込み)ほど。これは、いままでのエアーフランス価格の約7割オフとかなり割安です。
私がいちばん懸念していたのはチェックイン荷物の許容重量でしたが、料金を払いさえすれば最高50kgまでは可能とのこと。日本からドッサリ持ち運んでも大丈夫(いまだにプチ引越し状態なので……)と、ひとまず安心しました。
とは言え就航開始は来月なので、まだまだ蓋をあけてみないと分からない事態も多々あるかも? 暫定的なフライトまたは季節限定便で終わってしまうなんて事態は避けて欲しいな、と個人的には思っているのですが。
また詳しい新情報などが分かったら、お伝えしていくつもりです。とりあえず、バスク入りのフライトに関しては事前によくお調べ&ご検討をおすすめします!
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2007年12月25日
2007年最後の投稿です。今年1年『バスクの砂糖壷』を訪れてくださった方、コメントくださった方、ありがとうございました! そして担当シロイシさんはじめとするcafeglobeの皆さま、ありがとうございました。
システム上、私自身はブログのページビュー数を毎回知ることは出来ないのですが、時々シロイシさんから「○月○日の記事は、数字がすごく良かったです」とご報告をいただきました。叱咤激励されると同時に、「なるほど、こういう内容だと数字が上がるのね……」と興味深いものが!
さて、昨年に倣って最終回は「2007年バスク人気を振り返る」。結論、 “静かなるブーム”は続いてます。
今年の目玉ニュースは、バスクが北欧と結ばれたこと。ノルウェーのオスロ、デンマークのコペンハーゲンとの直行便が開通。今までは欧州は近隣諸国のビジターが大半でしたが、こうして遠くからもアクセス可能となりました。おかげで早速コペン在住の友人が遊びに来てくれたし(おミヤゲの可愛さにビックリ!)、私も近いうちにぜひ訪れたいと思ってます。
そしてこれは先日レストランのスタッフから聞いた話。なぜかロシアのニューリッチ層にバスク旅行が密かに人気を呼んでいるのだそう。デラックスホテルに宿泊、日中はスパを堪能、連夜星つきレストランへとバブリーなお金の使い方をする人々らしく、その経済効果に街も注目しているそうです。
もちろん日本人ビジターも増えました。旅慣れた方々、レンタカーで動き廻るフットワークの軽い方々が主流であった今までと違い、ブームの影響で団体旅行もチラホラあった模様。
ついには私にまで現地添乗員なるおシゴト依頼がきてしまいました。もちろん(といっては失礼なんですけど)お断りさせていただきましたが。その他、ここではちょっと言及できないアヤしい依頼が時々舞い込むように。これはブログ開始当初は予想だにしていなかった四次効果(?)です……。
では、現地係員ならぬ現地住人として来年もバスクからお伝えしていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
皆さま、良いお年を!

12月のビアリッツにて著者夫撮影。年に2、3枚しか撮ってもらえない写真の1枚がこの出来(でもブログ掲載にはちょうどよい)。来年の抱負のひとつは「彼にもカメラの基本操作を学んでもらうこと」 !
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2007年8月07日
真夏のバスクの海岸の様子をご覧にいれましょう! 片瀬江ノ島海岸の人の海とそう変わりませんよね? 写真はどれも7月撮影のものなのでこれでもまだマシな方なんです、恐ろしいことに。
ヴァカンス期がとても長いフランスですが、8月半ばの今頃がお休みピークであることは日本と変わらずです。この時期のバスク人口は一体、真冬のそれの何倍に膨れ上がっているのか……。
ちなみに今年は「サーフィンがヨーロッパにやってきて50周年」だそうで、ビアリッツではサーフイベントが盛りだくさんの模様。ますます混雑が予想されるかも?

特にビアリッツのビーチには近づけない(近づきたくない)ほどの混み様。みんな気合入れて日焼けにいそしんでます。トップレスの人も多数!

スペイン側はサンセバスチャンのビーチ。こちらもスゴい混みっぷりです。
正直言って、私は夏のバスクはとても苦手。普段が静寂な環境だからこそ、遊園地みたいな雰囲気になるのが落着かなくって。交通渋滞、駐車スペースに苦労する、買い物の行列、レストランの予約がしづらくなる……生活不快指数が一気に上昇してしまうのが原因なのですが。
だから、逃避(=ヴァカンス)するわけです。でもお互いサマなんですよね。我々は我々でバスクから避難して、他のエリアにお邪魔するわけですから。そしてその土地の人たちもどこか他のエリアへ避難している。ヨーロッパ中の人々がこうしてグルグルと移住活動するなんて、考えると不思議な気がします。
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バスク地方について
2007年4月13日
なんてお祭りが多い土地なのでしょう! ここに住んでみて、実感したことのひとつ。バスク独特の祭事、町や村がそれぞれ催すお祭り、観光客もこぞって訪れる有名なものから村人だけでひっそり地味に行われるもの。と、内容もスケールもピンキリ。
これからの季節は、食べ物にまつわるお祭り、いわゆる「収穫祭」の類が増えてきます。まだまだコートが手放せない陽気でも、お祭りのチラシをもらうと「あぁ、春なのねぇ」と感じてくる。お祭りは暮らしの風物詩なのです。
祭りシーズンの口火を切るのが、我が町バイヨンヌの「生ハム祭り」。バイヨンヌというと真夏の「バイヨンヌ祭り」がとても有名なのだけど、私個人的にはこの「生ハム祭り」の方が健全かつローカル的で好き。単に、食いしん坊精神を満たしてくれるって理由も大きいけど……。

屋外会場にテントが張られ、名だたる職人さん達が自慢の品を披露します。馴染みのお肉屋さんのスタンドに顔を出したところ、生ハムサンドイッチをご馳走してくれました!

ぶら下がった立派な生ハムの姿もさることながら、職人さん達の屈強な体型も必見。大きな手がスーッスーッと器用に生ハムを切る手つきに惚れぼれ。
会場には一体何本の豚足がぶら下がっているのやら。そして、開催期間の間に一体何本の豚足がみんなの胃袋に納まっていくのやら! 想像しただけで空恐ろしくなるような、だけど眺めるだけで楽しい光景。バスクのパワフルな食文化を見せ付けてくれるお祭りです。
ところでこの記事を書くにあたって先ほどパンフレットに目を通したところ、「重量当てコンテスト」を逃していたことを発見!「事前に知ってたら参加したのにー!」と、これぞ"後の祭り状態”で悔しい。

こちらがそのパンフレット。今年のデザインはなかなか素敵です。生ハムと唐辛子でユリの花を演出、今度真似してみよう。
実は私、数年前に別の某お祭りの「重量当てコンテスト」で優勝し、賞品の豚足1本をせしめた経験があるんです……! 重量当てコンテストとは、豚足を持ってその重量を予想するという至極単純なゲーム(でもエラく盛り上がるんです、これが)。
そのとき私が当てた重量は7300gで、僅か40gのニアピンでありました。かくして、この7.3kgの豚足は我が家に持ち運ばれ、しばらく生ハム三昧な暮らしを送ることに。それにしても100人近くのバスク人を差し置いての勝利に、一番驚いたのは自分です! 「重量当てのコツは?」と聞かれ、「米袋を持ち慣れているせいですね」と答えると、皆さん驚いてました。
そんなわけで、もう1回実力の程を試してみたい……。バイヨンヌの生ハム祭りで優勝できたら、後々まで英雄扱いされるかも(新聞に載ってしまいそう)という好奇心から。決して賞品の豚足欲しさからではありません、念のため。
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生ハムにチョコレート、そしてもうひとつのバスクのおみやげ
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2007年1月23日
今回ピックアップしてみたのは、「塩」の話題。わが町バイヨンヌといえば「生ハムとチョコレート」が有名でありますが、実は塩の産地でもあるんです。

赤いシンボルカラーが目印です。
塩は大別して「大地の塩」と「海の塩」に分けられますが、バイヨンヌの塩は大地の塩。余分な水分を抜いてサラサラにした「sel fin(細かい塩)」、適度な水分と塩本来の旨みを含んだ「sel gros(粗塩)」の2種類があります。
スーパーの塩売り場へ行くと、日本でも有名なイル・ド・レ産の「塩の花」のお隣に、このバイヨンヌ塩が並んでます。「お土産に塩」というのは、お手軽ながらも(重いですけどね)意外と外れなく喜んでもらえるし、バスクの塩っていうのは結構目新しいのではないかと。バスクのおみやげ候補のひとつにどうぞ!
バイヨンヌのsel grosは、粗塩としてはかなり小粒な部類に入ります。何にでも使いやすいので、私はこちらを愛用。寒さ厳しいこの季節、湯船に一掴みの塩を入れて入る塩風呂にも、このバイヨンヌ塩を惜しげなく入れてます。保温効果は抜群です!

我が家の基本の塩はこの2つ。上が「バイヨンヌの粗塩」、下が「イル・ド・レの塩の花」。これに時々、日本の塩が仲間入りします。
さて、バイヨンヌの塩を生産しているのはフランスの大手の製塩会社であるため、雑誌・テレビ向けの広告も行ってます。その広告に現在起用されているのが、ジャン・クロード・テレチャ氏。バイヨンヌの星つきレストランCheval Blancのオーナーシェフであります。

料理雑誌の広告ではかなりメジャー級な登場率!
そして笑ってしまうような話なのですが、彼の料理はおいしいけどかなり塩がきつい!「彼の料理はしょっぱすぎる」と言ってる人には何度かお目にかかったことがあるので、私がコマーシャルの洗脳効果を受けている訳ではないと思う。
彼がもともと塩を多用するから広告に起用されたのか、広告に出るようになったから塩使いが多くなってしまったのか?ちょっと気になるところです……。
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2006年11月10日
以前バスクの旗についてはチラリと言及したことありますが、今回はシンボルマークについて。こちらのマーク、バスク語でLauburuと名づけられてます。
建物や家の壁、窓枠、墓標、家具、村の広場の表札……1日や2日この地方に滞在すれば、例えその存在を知らなかった人だって「ハハァン、これがバスクのマークね」と自然に気がつくはず。それくらい、あちこちで目につきます。

家の外壁に掘り込まれたシンボルマークは、家の守り神のような存在感。
「Lau:4」「buru:頭」で「4つ頭」を意味してます。歴史的に見て、いつどうやってこのマークがバスクのシンボルとして定着したのか?これには多説あるようで、1つ1つを紐溶いて理解するには、図書館に数日こもってバスク歴史書に首っ引きになる必要がありそうです。
最低限知っておかなければいけない事、それはローマ帝国がバスクに攻め入った時、既にして、このマークこそがバスクのシンボルであったという事実。そしてバスク人にとって、それが単なる装飾的なモチーフ模様や紋章だとか戦争のための目印ではなく、もっと奥深い精神的な象徴であったということです。
4つの「頭」は、四季それぞれの太陽を表象しているそう。こんなにもお天道さまに恵まれている土地だからこそ、朝晩に太陽を拝み、太陽への感謝の念は並々ならぬものであったバスク人。太陽崇拝のシンボルは幸運と健康、そして富をもたらし、悪魔や幽霊、邪悪な魂を追い払ってくれる魔除けの役割もしているのです。
時は流れ、リネン類や小物類のモチーフ、アクセサリーにとすっかり商標デザインとしても定着している趣です。そうそう、幾つかのお菓子屋さんのガトーバスクには、線描き模様としてこのシンボルマークが刻まれているんです。単純に「かわいいっ」と思って私も真似したことありますが……。出来上がったお菓子を見て「ちょっとイカンな」と自己反省。自分がやることではないというか、民族シンボルの冒涜をしている気分というか。今はおとなしく、格子模様を描いています。

独立派のウォールペインティングにももちろんしっかり。
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紅葉と赤とうがらしの組み合わせ、「エスプレット村」の衣替え
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2006年10月24日
すっかり秋深まってきました。マロニエの大きな葉っぱが枯れ始め、歩くとカサコソと足元で音をたてます。
この時期のバスクの風物詩といったらコレでしょう、な「赤とうがらしの衣替え」。太陽と風雨に1年間晒され続けた赤とうがらしは、夏のおわりの頃には干乾びてシワシワの茶褐色になる。それを取り去り、収穫したての新トウガラシを吊るす秋の行事です。

蔦の紅葉と赤い窓枠の色ともあいまって、バスクカラーに彩られる建物。
10月も半ばを過ぎれば、8割方の壁々が新とうがらしに取り替えられます。壁の白と真っ赤なとうがらし色のコントラストくっきり! 特に、秋晴れの日には目にも眩しく映ります。

村の角にあるお肉屋さん。サラリとシンプルなところが逆に目をひく飾り方。
それにしても、1年ってアッという間ですね。この衣替えネタをを昨年秋につらつら書いたのは遂先日のことみたいに思えます。この分では、あれよあれよという間にクリスマスだ年越しだのムードに突入してしまいそうでコワい……。
さて、昨年書きました「エスプレット村、新村長さんの村興し政策」その後について。観光客誘致プランは今のところ大成功といったところでしょうか。村のあっちにもこっちにも新設された駐車場は、オフシーズン中だって車がたくさん。ナンバープレートを見る限り、フランスの各地方から人が訪れてます。石畳をしいた村の中心には、フランス国内観光客がそぞろ歩きを楽しんでます。数年前と比べると、この村の傾向がかなり変貌したことが分かります。

赤とうがらしオーナメントは村のあちこちで販売されてます。こちらの民家では白いワンちゃんが店番を担当。近寄るとムクっと起き上がって「お客さん?」という目で見てきたけど、私がただの写真小僧だと分かると再びゴロ寝。この子の様子から見て、あまり売れてないみたい……。
人が増えると何が増えるか。言うまでもなく、カフェが増えます。これはフランスだったら極当然の現象なはず。前はこの村でお茶と言えば一軒くらいしかなかったのですが、昨年以来カフェ選びにも選択肢が増えました。
先日、学生時代の友人が日本から遊びにきたので、散歩がてらエスプレット村へもご案内しました。すると、またもやオープンしたてのカフェを発見。そして看板を見上げて「うわぁあ……」「イタタタ……」と過剰反応してしまった私たち。
だって、カフェの名前が「カリフォルニア〇〇」だったんですものー(〇〇の部分はバスク語)。正直言って、ガックリなセンス。この手のちぐはぐネーミングを、ヨーロッパの田舎でしかも地元で見たくなかった。感性がかなり似通った友だちと一緒だったということもあり、ひとしきりボヤき節になった私です。
こんな風に、エスプレット村は賑やかになった反面「アレれれ?」と不安に思わせる点もなきにしもあらず。エスプレット村よ、一体何処へ行く? この辺でやめにしてフツーの田舎の村に戻っておくれ。でないと、リピート通いする立場の者にとってはイタい村に思えて仕方ないのです……。
●去年のエスプレット村レポートはこちら(2005年11月21日)
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海辺で履きたい「エスパドリーユ」、実は山バスクの伝統靴
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2006年8月15日
エスパドリーユ。麻紐をぐるぐると渦巻きにして作った靴底に布をかがりつけた、ぺたんこ靴。あれが実はバスク生まれだってこと、ご存知ですか? 頭にベレー帽、足元はエスパドリーユ。バスクの民族衣装を語る上で外せない、重要アイテムなのです。
今回調べて意外だったのは、海の靴ではなく、山の靴だったって事実。現在売られているのはストライプ柄やマリンカラーが多いので、海のイメージが強いのですが。傾斜のはげしいバスクの山道を歩きやすいように、それから、ダンスを踊るときにくるぶしにひっかからないように。山の暮らしの中で、軽くてしなやかな足の動きのために生まれた靴だったのです。

色とりどりのエスパドリーユ。室内履きにもいかが?
そんな山バスクの靴がどうしてこんなに広まったのか。それは、炭鉱で働く労働者達の靴として愛用されたからだそう。石炭の時代に、労働靴としてフランス全土に普及します。
時は流れ、今や全く別の用途で世界中で親しまれているエスパドリーユ。でも実はバスクのエスパドリーユ業界は四苦八苦しているのです。1980年代に入り、突如強敵が現れたから。Made in Chinaという巨大な敵! これは此処だけに限らず、ヨーロッパの繊維業界全体にとっての脅威なようですが。とにかく、相当な打撃だそうです。
価格面でMade in Chinaと勝負することは到底無理だと判断したのでしょう。「我こそエスパドリーユのオリジンなり」を主張するべく奮闘中だそうです。メーカーは品質保障章を発行したり、職人組合は「France Espadrille(フランス・エスパドリーユ)」なる商標を立ち上げたり。でも太刀打ちするのはもはや難しい、というのが厳しい現実なのではないかな。
そう言えば、私が初めてエスパドリーユなるものを買ったのも見事に80年代(!)でした。あの値段とあの品質(数回履いたら型崩れした)から言うと、中国産だったに違いない、と今ごろになって確信をもったりして……。
正真正銘のバスク産、私もこちらで1足買い求めました。確かに、エスパドリーユにしては(と言ったら失礼なのかな)、結構なお値段でした。毎年海にいくときにビーチサンダル代わりに使ってますが、今のところしっかり原型を留めています。皆さん、これからエスパドリーユをお買い求めの際は、バスク産かMade in Chinaかお確かめのほどを!

フランス側バスクの中でも一番人気な海辺の町、サン・ジャン・ド・リュズ。この町にはエスパドリーユお土産店がたくさん。この町で見ると、やっぱり海の靴に見えてしまう。
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バスク地方について
2006年8月08日
ヴァカンスシーズン真っ只中です! 海岸沿いは人、人、人……車、車、車でごった返します。
ビアリッツは、日本では知名度低めでありますが、ヨーロッパでは有名な地名です。そこに必ず付いてまわる別名は「plage des rois(王様たちの海岸)」。そんなインパクトある別名を授かる程、ビアリッツには華やかな歴史があるのです。

6月でこの人出! 8月にもなると、湘南江ノ島海岸のような人の絨毯で埋まるビーチ。経験上、日本からおいでの方にはあまり喜んでもらえない風景です。
19世紀半ば、ナポレオン3世がこの地に別荘を建てます。これが大きなきっかけとなり、ビアリッツは小さな海辺の町から、王侯貴族がこぞって訪れる華やかな地へと変身していきます。
  そしてベル・エポック時代、ヨーロッパ中から高貴なる人々が夏を過ごしにやって来たそうな。カジノ、劇場コンサート、温泉施設、ホテルの建設ラッシュ。文豪、俳優、デザイナー、今で言うところのセレブ達もこぞって訪れ、ビアリッツはまたとない絶頂期を迎えます。
  が、栄枯盛衰という宿命は此処にもやってきた……。世界恐慌そして世界大戦がビアリッツのバブル期に終焉を告げます。

ビアリッツは、バスクにあってバスクでならず。この地方では異色な町なのです。
  そして現在。私の下手な説明よりも、フランスのバスク・ガイドブックの文章をご紹介した方が的を得ているでしょう(ぎこちない翻訳、勘弁願います)。
  「ビアリッツは今や、ゴルフとサーフィンとお祭りの3大要素のおかげで持ちこたえている。いまだにたくさんの観光客が訪れるのは、温暖な天候と過去の栄光のおかげとしか言い様がない。なんて幸運なビアリッツ!」
  「ビアリッツはその栄光と輝きを失ってしまった。が、いまだにちょっと時代遅れなエレガンスを保ちながら、古風な魅力を放っている」
  ガイドブックでこの皮肉! フランスらしいです。とにかくビアリッツは、悪く言えば庶民的に成り下がり、良く言えば昔よりぐっと親しみやすいリゾート地へ変貌を遂げたというわけですね。
  片や、手元にある日本の某ガイドブックを開いてみると「高級ビーチリゾート」「ヨーロッパのカリフォルニア」(!)という、読んでて恥ずかしくなる言葉が……。正直言ってかなり的を外しています! 日本のガイドブック、情報面以外にももう一捻りがんばって欲しいと思うのは私だけですか?
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「男バスク」と「女バスク」、ナショナリズムの温度差
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バスク地方について
2006年7月28日
以前お知らせしたツール・ド・フランスのバスク中継、ご覧になった方いますか? 実は私も現場には行かず、テレビ観戦で済ませました。
馴染みの国道を自転車群が疾走する様子はなかなか興味深かったです。そして私が楽しんだのは、上空カメラから映し出された山バスクの景色。ブロッコリーみたいな緑の塊の中に、白・赤のミニチュアハウスが点々と散らばっているかのようでした。当日はどんより曇り空のお天気だったので、少々くすんで見えたのが残念ですが。
赤・白・緑。とにかくこの地方は、3色オンパレードです。建物の色、窓枠の色、船の色、お祭りの衣装の色etc……。目が慣れるまでは、1年中お祭りな地方に見えるかもしれません。

お祭りの付き物であるフォークダンス。この日は12歳前後の少年少女が踊っていて、それはそれはピュアな美しさに見惚れてしまった(お肌のきれいさにも目が釘付け!)

代表的な産物である赤トウガラシもしっかりとお国の色ですし。
そしてバスク・カラーといえば、忘れてならない「国旗」。バスク語で「Ikurrina(イクリナ)」と名付けられるこの旗は、赤地に白と緑のクロスが重なってます。フランス側スペイン側どちらでも、アパートのベランダでヒラヒラ揺れる旗、建物の壁に描かれている旗、そしてお祭りの日に掲げられる旗は、フランスのトリコロール旗でもスペインの旗でもなく、この1枚! バスク人としての誇り、強いナショナリズムの象徴です。

バイヨンヌの町角で。
そう言えば、スペイン側に住む友人から先日面白い話を聞きました。あんなに愛国心丸出しで盛り上がるワールド・カップですら、生粋バスク人はスペインが勝とうが負けようがお構いなしなんですって!自分の国だと思ってないから……。へー、そこまでとは! 正直言って驚きました。
それに比べたら、フランス側バスク地方のナショナリズム度はかなーり薄めです。「オリジンはバスク人だけど、やっぱり僕はフランス人さ」っていう、ゆるいスタンスというか。スペイン側から見れば歯痒いでしょう。デモはほとんどないし、ワールドカップがあれば張り切ってフランスを応援するし、ジダンが退場になれば町はシーンと悲しみに包まれていたし……。
この温度差、傍目には非常に興味深いです。
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バスク地方について
2006年7月21日
フランス人は数字がお好き。これは彼らと接していて少なからず思うことの1つ(他のお国の人もそうですか?)。ちょっとした日常会話の中で、数字データを求められてタジタジさせられるってことが度々あります。よく聞かれるのは人口、面積、どこからどこまでの距離など。社会科や地理の数値ですね。私は日本のこういうデータに関してまるっきり知識がなかったのですが、、これってかなり恥ずかしい事なのね……と反省しました。
さて本題へ。バスクのデータはと言いますと、面積は約20万㎡。これは日本の四国地方がすっぽり収まってもお釣りが出るほどの大きさです。意外と広大です。うちフランス側の国土が15%、スペイン側が85%を占めています。バスクっていうとスペインのイメージの方が強いのは、面積比から言っても当然かもしれません。

バスクは逆三角形のような、ハート型のような形をした土地。独立運動のポスターはあちこちで見受けます。
人口は290万人。これは四国の人口の7割程度。言わずもがなですが、人口密度はめちゃくちゃ低いです。うちフランス側は27万人。つまりバスク人口の約10%がフランス人、90%がスペイン人です。そして忘れてならない存在は、「イヤイヤどちらでもない、我々はバスク人なのである!」と主張する生粋のバスク人口。ETAは今春に無期限停戦を発表しましたが、独立運動はまだまだ続きます。

我が家の廊下に飾ってある壁掛けは、バスク7州のシンボルの彫り物。生粋のバスク人の方に、結婚のお祝いに頂いたものです。
最後に、私のとっておきのお気に入りデータをご紹介します。私の住む町バイヨンヌの人口は約4万5000人。これはパリに住む日本人人口とほぼ同じ数字なんです。誰に言っても「へーっ」と驚かれるし、そこから話題が広がったりするんで重宝してます。
バスクの人に対しては、「パリには日本人がたくさんいますよ」ってことを雄弁に伝えてくれるし、「バイヨンヌは小さな世界ですよ」ってことをパリの日本人に説明するにも、説得力がある。なかなか使えるデータなんです。フランス人が会話に数字を散らばすのがお好きな理由、ちょっと分かる気がする……。
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ツール・ド・フランスがバスクのこの村にやってくる!
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バスク地方について
2006年7月07日
ワールドカップも残すところ決勝戦のみ! 私は今大会、ガラにもなくかなりたくさんの試合をテレビ観戦しました。フランスが試合に勝つ度に、テレビをパチっと消すと……町の中心から雄叫びの轟きとクラクションの大合唱が聞えてきた! 先日の準決勝ポルトガル戦の夜は、フランス各地でコーフンが止まらない人が続出。ケガ人、ついには死者も出てます。これでイタリアに勝っちゃったりしたら、どんなドンチャン騒ぎが巻き起こるのでありましょう。
さて、このほとぼりが冷めたら、お次にやってくるであろう自転車熱。「Tour de France(ツール・ド・フランス)」、7月1日からスタートしてます!
20行程にして、走行距離3600キロ。3週間かけてフランス国土をぐるりと時計反対廻りに疾走します。険しい山道、永遠に続くかに見える大平野、そして各地方の町々。沿道で旗をふりふり応援している様子は、日本の駅伝マラソン大会さながら、いやそれ以上かも。フランスの自転車人気、相当に根強いです。
で、この伝統競技がやってくる! しかも今年は通過どころか、スタート地点に選ばれた! というわけで、バスクのとある村が目下てんやわんや状態なのであります。

沿道にはテーマカラーの黄色い旗がヒラヒラ。しかし、年始から始まってる道路整備工事がいまだ終わってないのが気になる。のん気だなぁ、当日までにちゃんと終わるのだろうか?

村の自転車屋さん、当然張り切ってます。店の前に黄色い自転車のディスプレー。バックに写っているのは17世紀のサン・ローラン教会。
7月12日(水)の行程は、「ピレネー山脈ルート」。山バスクの小さな村Cambo-les-Bains(カンボ・レ・バン)から出発します。ワァワァーっと見送るのではなく、「ヨーイ、ドン!」をする場所に選ばれたってところがポイント。数多の町村の中からこれに選ばれるってことは、村にとって名誉なことなんです。知名度を上げるためにこれほど適した機会はないはず。マスコミ陣もわんさか訪れる訳だから経済効果も相当でしょうし。
ちなみにワタクシ、結婚式(法的な市役所結婚式および披露宴)はこの村で行いました。万が一、テレビ中継でカンボ村が映ったら、「へぇ、ここでねぇ」と思ってくださいまし。

人口4500人、緑に包まれた清潔感漂う村。フランス屈指の「湯治場の村」として知られてます。
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2006年6月30日
日本同様、こちらも紫陽花が満開です!
「紫陽花って日本の花だと思ってた……」。数年前のこの時期に、東京から遊びに来た友人が驚きのつぶやきを漏らしていた事を思い出す。私も、初めてこの季節を迎えたときは全く同じことを思いました。
バスクのそこら中に紫陽花が咲き誇ってます。それだけバスクの気候は紫陽花向きってことです。雨がたっぷり降り、ヨーロッパらしからぬ適度な湿度を保った空気。鬱陶しい天気が続いた後なんか、「除湿機、欲しいねぇ」と言いたくなるほどの湿度に達することだってあります。同じ南仏は南仏でも、プロヴァンス地方などの乾いた空気とは対照的です。

朝市で買ってきた紫陽花のブーケ。八百屋の紙袋で包んでくれました。
こちらの紫陽花は、夏を通り越して初秋の頃まで延々と咲きつづけます。少しづつ色のトーンが変化し、最終的には天然のドライフラワーに。当然、日照りが激しい夏だと汚らしいドライフラワーが出来上がります。3年前のヨーロッパ大猛暑の年、茶色くチリチリに焦げてしまった紫陽花は見るも無残な姿だった……。適度な暑さの夏を迎えた年には、それはそれは美しい色のグラデーションをしたドライフラワーが出来上がります。

これも紫陽花の1種ですよね? 白い紫陽花って、すごくキレイ。
今年の紫陽花はどんなドライフラワーになるのやら。冷夏でもなく、猛暑でもない、気持ち良く暑い夏になってくれるといいのだけど。

紫陽花の道。緑の色もいよいよ濃くなってきた今日この頃。
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ジャム作り用のさくらんぼ、直売スタンドで大量入手!
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2006年6月13日
イッツァス村よりお届けする、さくらんぼ中継。
さくらんぼの姿にすっかり心酔した後は、飽くなき欲望を抱えて村に3日連続通い詰めました。1日目、誰もいなくてガックリと帰宅。「今日こそは……」と2日目は時間も狙いを定めて(お昼寝タイムを過ぎた頃)行って見ると、遂に直売スタンドを発見! もちろん、興奮して買って参りました。

数軒の農家の方が、日替わり交代にスタンドを立てます。

嬉しくって2日間で12kgも買ってしまった! 夫は、来年からは確実に買えるようにと、予約をして電話番号まで聞いている有様。こういう時、コーフンして歯止めが利かなくなるのは我々の悪いクセであります。
それにしても、スタンドに立ち会えて本当に幸運だった。いろいろと話を伺うことも出来たし。それによると、各農家の人がスタンドを出すのは1日だけ、しかも時間は数時間程度。売りに出している量は、各農家からせいぜい50kg程度と僅かな量です。販売というよりも、地元民に対してのファンサービスのようなもの、と捉えたほうが良さそうです。
農家の人の立場にしてみれば、生のさくらんぼを売り残してロスを出すよりも(足がはやいので)、保存がきいて安定した人気のあるジャムを作ったほうが利益に繋がりますから。収穫量の90%以上はジャム用にまわされます。地元に住んでいても、スーパーは言わずもがな、マルシェですらイッツァスのさくらんぼには滅多にお目にかかれない所以はここにあり。

高校生の男の子達が売り子をしてたスタンド。彼らからも2kg購入。

彼らの手描きのイラストが可愛いらしい。
ところで、さくらんぼ農家と言うと、ここ数年耳にする山形県での「さくらんぼ泥棒」事件。農家の方が丹精込めて育てた、彼らにとっては我が子のような存在を出荷日前日にごっそり持ち逃げするという。あれ、ほんっとに許しがたいですね。ニュースを読む度にハラワタが煮え返る! 今年は1件も起こりませんように。
ちなみにイッツァスでも、過去に1人ヨソ者が現れて泥棒を試みたそうな。が、すぐに見つかってやっつけられたらしい! バスク人を甘く見たらいかん(歴史が語っている)っていう典型的なエピソードだと思う。農家の人は皆さんおっかない番犬を飼っているし、納屋には狩用の銃だってお持ちですからね。のんびり平和な暮らしぶりなんだけど、その辺のマネージメントは結構しっかりしている模様です。

摘んでいる人も発見。
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イッツァス村のさくらんぼ風景、羊とさくらんぼのショットも。
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2006年6月09日
イッツァス村が「旬」を迎えています。さくらんぼの季節がやってきました! 1年のうち、この村が最もこの村らしく輝いてる時です。
出かけてみると、此処かしこに赤く艶やかな実が実ってる! 先月は、まだ小さなグリーン・オリーブみたいだったのに。たった1ヶ月の間にお日様をたんと浴び、すくすく美しく成長してました。ありのままの姿の果実を眺めるのって、なーんて心豊かな気分になるんでしょう。自然の恵み、大地の豊かさ、そしてお天道様の偉大さを感じずにはいられない。

たわわに実ってます。実の綺麗さもさることながら、葉っぱの清々しい緑の色といったら! うっとり。目の保養になります。

さくらんぼの木の下に羊さん。胸が躍ったシーンです。まさにこの土地を代表する産物と生き物の組み合わせ。
果物屋やスーパーにズラリっと並ぶ商品化された果物に目が慣れてると、人間サマに食べてもらうために果物があるって錯覚を身につけてしまう。けど実際はそうじゃないんだ。果物サマがコツコツと1年かけて天と地から養分を吸って成長した、その健気なお姿を頂戴させてもらっているのだ。と、殊勝なことまで呟きたくなった気分。

山の緑と村の赤、それにさくらんぼの葉と実の色。村全体ががバスクカラーに覆われる美しい季節です。私のことをじぃーっと眺めていた、柵のたもとの羊さんにもご注目。
今年、新たに学んだことがあります。「黒さくらんぼ」の産地として名高いイッツァス村ですが、実は品種は3種あるそうな。名前は「ペロア」「チャパタ」「ベルツァ」(フランス語と違って、バスク語の音って日本人にも発音しやすくって便利です)。

細い幹から楚々とした様子で揺れていた「チャパタ」の実。オレンジ~黄色がかっていて、日本の山形のさくらんぼを思い出させる色合い。ジャムにするとベージュ~マロン色になるそうです。

これぞ、「黒さくらんぼ」の名にふさわしい黒さ加減。葉っぱが他の品種よりもこんもり茂っています。
木の枝ぶり、葉の形や大きさ、そして果実の色、そして用途もそれぞれ違うんです。この後、さくらんぼ農家の方と雑談した折にいろいろと教えてもらえたことも、今年の大きな収穫でした。
私のさくらんぼ熱、まだまだ冷めそうにありません(どこまで続くか、自分でもまだ把握しておらず)! お楽しみに。

手に届く範囲なら、散歩しながらのつまみ食いは当たり前。こういうお楽しみに対して、バスクの人はとっても寛容です。
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バスク地方について
2006年5月02日
春ですね! 気温が少しばかり上昇した途端、それっ!とばかり海へ飛び込むフランス人たちを、半ば尊敬半ば呆れる気持ちで尻目にしつつ(海水はまだものすごく冷たいのですよ!)、私が出かけるのは専ら山の方です。眩しい新緑、けたたましいほどの鳥のさえずり、家々の光輝く白い壁に、春を感じます。
日本の友人などが来訪してくれたときも、私が好んでご案内ツアーに組み込むのは、海よりも山。海に囲まれて育った国の日本人は、フランス人ほど海に執着しないし、反対にフランス人にとっては至極平凡な田園風景が、旅情緒を誘ってくれたりするものですから。
そんな「マテスク交通公社」(来客が多くって案内ズレしていることを皮肉って命名)が、必ずご案内するのがイッツァス村です。バイヨンヌから国道で30分、山間にあります。村とは言えど面積は39キロ平方メートルも。今回調べてみて驚いたのですが、なんと東京の港区と新宿区がすっぽり入る大きさでした。なのに、人口僅か1800人! 道理で、散歩していても誰にも擦れ違わないわけだ……。

遠くに羊が草を食むのどかな風景。垣根の横にさくらんぼの木1本。
あまたあるバスクの村々の中でも、イッツァスの名がとりわけ有名なのは「黒さくらんぼ」の産地だから。フランスのジャムの本をお手に取る機会があったら、さくらんぼのページをご覧あれ。かなりの確率でイッツァスの名前が出てくるはずです。

4月半ば、小さく膨らんだ青い果実。これから1ヶ月の間に赤く黒く実っていきます。
民家のお庭、牧場の端っこ、農場のお隣に1本、2本。村の中をてくてく歩くと、さくらんぼの木が目にとまります。産地と言えど、木の本数自体は決して多くはありません。ほかの地方のさくらんぼに比べて収穫量が少ない分、希少価値も加わって、ジャム界ではちょっとしたステータスとなっています。

民家の庭にも1本発見。それにしてもこの日の空は真っ青でした。お連れの晴れ女晴れ男のおかげ!
さくらんぼグッズを売る土産店はおろか、ジャムを売る店舗だって1軒も見当たりません。日本だったら至極当たり前である、産物をウリにした商は一切なし。欲がなく、あるがままの姿で生産地に徹している所も、この村の美しさのひとつでしょう。
「マテスク交通公社」のイッツァス村での散策タイムはだいたい1~2時間。買物に時間を取られない分、ただのんびり景色と空気を堪能してもらえる。そんな村だからこそ、ガイド役の私も何度でも足を運びたくなる村です。

この村にはこじんまりした宿が7軒あります。車を運転する方には、街よりもこういった村での滞在をおすすめしたい。
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バスク地方について
2006年4月11日
以前、『クウネル』で2号にわたってバスク特集記事がありました。ご覧になった方いますか? 前編スペイン側、後編フランス側という構成で、ナビゲーターは長尾智子さん。読み応えありました。でも、私が「さすが『クウネル』だ……」と唸ったのは内容よりもむしろ、その命名の仕方! スペイン側を「男バスク」、フランス側を「女バスク」と銘打っていたんです。名付け親は長尾さんか、編集の方か? どなたにせよ、思わず膝をぽんと打ちたくなる気分でした。
「バスクってフランス側、スペイン側で雰囲気違うわけ?」という質問を時々受けますが、以来この『クウネル』式を拝借して「男」「女」呼ばわりさせてもらってます。だって、あーだこーだ説明するよりもたった一語にして的を射ているので。
要はスペイン側バスクは何だか全体的に男クサいんです。必然、女側に住んでいるとこの異性臭にフラフラっとなり懐に飛び込んでいきたくなります。逆に、男バスクに住む人は時々女の匂いを嗅ぎにこっちへ遊びにやって来ます。女に飽きたら男へ、男に飽きたら女へ。とっても便利な地方です。
食に関しても、女と男を行き来できるのはとっても好都合なわけでして。女側で小奇麗な料理ばかり口にすると、ガツンと男っぽい味が恋しくなる→サン・セバスチャンへ出かける→「バール」に駆け込む→ビールを飲む→「ピンチョス」を頬張る→何だか気分晴れやか!という、非常に単細胞な私です。

モテギ氏撮影その1。サンセバスチャンの居酒屋横丁、Fermin Calbeton通り。ピンチョス・パラダイスです。
バールは日本で言うところの立ち飲み居酒屋、ピンチョスは小料理、つまみ料理。さらに細かく言うとピンチョスはバスクの方言。スペインのほかの地方では「タパス」が標準語です。
食文化豊かなサン・セバスチャンのタパスのレベルが、スペインの中でも群を抜いているのは知られた話。新鮮な魚介類をベースに、オリーブオイルとニンニクがベースの小料理は、どれもビールがどんどん進む味です。日本の居酒屋が恋しくたってなんのその! 私にはサン・セバスチャンがあるさっと、叱咤激励してくれる力強い存在です。
ピンチョスの楽しい話題は、し始めるとキリがないので今回はこの辺で。またいつか取り上げたいと思います。お楽しみに。

モテギ氏撮影その2。男臭さがよく出ていて大好きな写真。

モテギ氏そ撮影その3。まずはハモンもオーダー。カウンターの下で子どもが2人楽しそうに遊んでます、心霊写真ではありませんっ。乳母車、小さな子連れでも平気な健康的な酒場風景。

モテギ氏撮影その4。干し鱈のトルティーヤ、懐かしいほど日本人好みの味。こうしてカウンターの片隅を陣取って、仲良く突付きあって食べると尚更おいしい。ちなみにピンチョスはスペイン人にとっては単なる食欲増進のためのアペリティフ。この後レストランへ行って、前菜メインをガツンと食べると腹16分目になる。スペインの胃袋、おそるべし!
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バスク地方について
2006年4月07日
「もしこの街が存在しなかったら、私はバスクという土地をここまで好きにならなかっただろう」。そんな感謝の念を込めた仮定文を書きたくなるほど、私はこの街が好きです。近所にあってくれてありがとう! 街に対して愛情を覚えるというのは、これが初めての感覚。
人と人と同じく、人と街にも相性ってありますよね。Aさんにとっては素敵な街でも、Bさんにとってはちっとも魅力が感じられない街。個性が強ければ強いほどその相性の差がしっかり出てくると思うのですが。
サンセバスチャンという街の素晴らしさ、懐の深さは、そんな相性を飛び越えて、10人中ほぼ10人の人が人見知りせずに親近感を感じるところ。個性たっぷりな、かなり独特な街であるにも関わらず。

広場にはカフェがたくさん並ぶ。道行く人をジロジロ眺めながらコーヒーをすすっているような人はこの街にはいない。みんなが自意識から解き放たれて、心から寛げる街だから。

旧市街の建物。この壁の色が好きです。
今までいろいろな国のいろいろな人とこの街を訪れました。日本、フランスの人は言わずもがな、夫の仕事関係のアメリカ、イギリス、ドイツ、スーダン、イラン、サウジアラビア、中国の人。ヴァカンスで来た人、商用の人、都会の人、田舎の人。そして旅行経験の少ない人、多い人。
皆さん、テンデバラバラな人達なのに、この街に連れて来ると皆同じレベルで、楽しそうに街を歩き、目を輝かせながら食事を堪能し、大きな声でおしゃべりが弾む。そして「連れてきてくれてありがとう」と本気なお礼を言ってもらえる。数年経った後でも「サンセバ、良かった……」って想い出してくれている。私たちが偉いのではなく、サンセバスチャンという街が偉いのに!お連れするだけでエラく喜んで頂けるという、接待する側にとってこれほど有り難い街はありません。

ラコンチャ湾に広がる真っ青な大西洋。切り取った景色しかお見せできなくて残念ですが、かなりパノラミックな景色が望めます。
バスク地方に来てこの街に立ち寄らずに |