週末、地元の「蚤の市まつり」へ行ってきました。普段の骨董市よりも大きな催しということで、本日は有料システム。切符スタンドで2ユーロ払って入場します。青空の下、たくさんのテーブルがダーッと並び、その上には膨大な数のアンティークの品々。ゆっくり時間をかけて見る人の為に、簡単な飲食コーナーまで用意され、好き者にはもうたまらない雰囲気。このわくわく感は何に例えたらいいのだろう? 巨大なおもちゃ屋さんに入った子どもの心境?なんて思えます。

商品の80%は食器、グラス、カトラリー類。残り20%はオブジェ、布もの、道具など。
新品の買い物は、今やパリだろうと東京だろうとロンドンだろうと、同じモノ、似たようなモノを簡単に手に入れられてしまう時代。やっとこさ手に入れました!みたいな満足感や優越感といった喜びが徐々に薄れてきてしまってるような。それにひきかえ、アンティーク探しは本来の買い物の楽しさが残っている最後の砦! 何が見付かるだろう?という期待に応えてくれる、一期一会の出会いがごろごろ転がっている貴重な場です。

趣味や探しているジャンルとは違っていても、とにかく「見る」のが楽しい骨董市。欲しいものが見付かっても、何食わぬ顔で値段を聞くことが肝心です。とはいえ夫曰く、私はすぐに目にハートマークが輝いてしまうのでバレバレだとか……。
ンーそれにしても、と骨董商いの人たちの雰囲気を眺めながら思う私。なんで同じ職業の人というのは万国共通の匂いがあるのだろう?と。パリの蚤の市の人も、ロンドンのポートベローの人も、東京は乃木神社や新井薬師の人も、はたまた此処バスクの骨董屋の人も、顔かたちこそ違えどまるっきり同じ空気を湛えているのです。お客がが品を手にとり眺めている様子を、椅子に座りながらじーっと観察している時の目の色なんか全く一緒。こちらの方こそ品定めされているようでドギマギしてしまうことがあります。
決して親近感を感じさせてくれるタイプとは言えないけれど、この場にはやっぱりこの微妙な存在感が一番適切なのかも。アンティークを物色しているときに「何かお探しですか」なんていう接客ほど野暮なものはないはずだから……。
miholantaさん、こんにちは。
絵葉書、結構人気あるようですね。私は眺めるだけですが。特定の絵柄を集めているマニアとか、自分の住んでいる場所の昔の姿の写真を集めたり、といろいろなコレクション方法があるようです。ビアリッツのオークションでも、戦後まもなく頃の神戸の絵葉書が束で大量に売りに出されていて、驚いたことがあります。
お気に入りの型、使えるようになるといいですね。ちょっぴり油ならしをしてみたらどうでしょう?
里佐さま
よく行くアンティークショーは食器(がらくたを含む)、リネン、家具、ジュエリー、本、雑誌などさまざまです。とても古そうな写真葉書(本当に誰かに宛てて郵便に出されたもの)の店もよく見かけるのですが、これはなんのために買うのかな?と思ってしまいます。(古いとは言え、人のプライバシーを買うような感じがしてしまいます)
私は先日買ったJelloのアルミ型がゼリーでも焼き物でもくっついてしまってどうにもうまくいきません。形はかわいいのに・・・。
miholantaさん、倉庫6個分とはかなりすごいスペースですね!全部くまなく見てたら相当な時間がかかりそう。どんな物が多いのでしょうか。私はアメリカの蚤の市で昔見つけたクッキー型がお気に入りで大切にしてます。
里佐さま
太陽の下の蚤の市、おもしろそうですね。
私もこちらアトランタでは第二週末に開催されるアンティークショーをちょこちょこ覗きに行っています。
かなり巨大な倉庫6個分とそれぞれをつなぐスペースにブースがたくさん出ており、いくたびにわくわくします。
「なにか気になるものがあったら言ってね」とか「それは$○○でいいよ」とか声をかけられますが、アンティークは、やっぱり自分が本当にじっくり見てからさらに、どうしようかなぁと考えるのが楽しみでありますからね。勝手にさせてくれるのが一番です。