前回書いたように、うだつのあがらない「みのり」のごとく、自分が何をしたいのかもわからないまま20代後半に突入したわけですが、そんな私にも27歳にして転機が訪れます。会社からビジネススクールへの留学のチャンスを与えられたのです。と書くと、何だかいかにもトントン拍子のように聞こえますが、とーんでもございません。その前年の社内選考ではしっかりと落とされ、不本意な転勤も言い渡され、失意のどん底のような1年を味わった後の出来事でした。でも今になって自信を持って言えるのは、その1年はメンタルな部分では留学よりも大きな転機だったのかもしれないということです。もし、あの1年がなかったら私は身の程知らずの大勘違い野郎になって、世間をなめていたことでしょう……。
●念願の留学!でも肝心なことが……。
それはさておき、派遣が決まってすぐに、またもや壁にぶち当たります。専攻する科目を選ばなければならず、当たり前ですが「お前は何を勉強しに行くんだ?」「お前は何をやりたいんだ?」という質問を突きつけられたのです。ただ、とてもお恥ずかしいことに、それまでの1年を悔しい、覚えてろよぉ、見返してやるぅぅの思いだけで突き進み、留学すること自体が目的になってしまっていたために、私には肝心の「ビジネススクールで何が勉強したいのか?」という目的の部分がすっぽり抜け落ちていたのです。
もちろん、口では「やはりマーケティングの本場でCRMの本質を……」とか、「グローバルな人材にふさわしいロジカルな交渉力をウンタラカンタラ……」なんてカッコイイことは言えたとは思いますが、それが取ってつけたような目的であることは考えなくても分かることでした。
●実は簡単だった「自分探し」の方法
「私は何をやりたいのだろう?」。人に聞いても、ネットを探しても見つかることのないこの疑問の答えを探す方法はただ一つ、「自分に聞いてみること」でした。そして、転職向けの「キャリアの棚卸し」とは違い、強みとか弱みではなく、数字に表れるような実績とか業績でもなく、それまでにやってきたことの中からうれしかったこと、悔しかったこと、面白いと感じたことや問題意識を持ったことなど、自分の「思い」を中心に、それまでを振り返ってみました。それは誰に知られることも評価されることもないプロセスだったし、 出てきた「コミュニケーション」という答えは誰からの受け売りでも単なる憧れでもなく、私にとってはとてもリアルでシンプルなものでした。でも、1円もかからなかったそのプロセスこそが、実は私の「自分探し」だったのだと今となっては思います。
とは言え、そこまで切羽詰まってやりたいことを見つけなければいけない状況というのはそうそうないと思うので、もし、自分に聞いてもやりたいことが見つからなければ、 先のことは考えずに、今を楽しめばいいのだとも思います。不安感や焦燥感、「このままじゃいけない、こんなはずじゃない、でもやりたいことも分からないダメな私」メンタリティは却って、 新たな自分の可能性へのアンテナの感度を鈍くしてしまうというのが私が経験から学んだ痛い教訓でした。
では次回は、やっと見つけた「やりたいこと」をどうやって今の仕事にしていったのかについてお話しますね。

留学先の緑が美しく広々としたキャンパスにて。